2015年5月28日(木)
今日も好天、連泊した奈良・新大宮駅前のビジネスホテルを8時に出る。近鉄奈良線の
新大宮駅8時8分発に乗り、昨日と同様大和西大寺駅と橿原神宮前駅で乗り換え、飛鳥
(あすか)駅に9時4分に着いた。
今日の前半は飛鳥駅の東南方の檜隈寺跡(ひのくまじあと)とキトラ古墳めぐりの予定
で、9時10分に出発した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/1e/53d4ad0a315e296122d00a3315b89a8d.jpg)
駅前の交差点で国道169号を渡り、東に少しで南に延びる飛鳥周遊歩道に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/0d/ac83308ba96ec66d08d16cac8b287840.jpg)
車の通行を気にせずに済むので、周辺の風景を眺めながら安心して進める。飛鳥の田植
えは6月に入ってからのようで、昨日と同様周辺の田んぼにもまだ水が入っていない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/7d/4e697b1da8d6332a7f06ba5e8869c668.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/85/c502c2338370bf733876afd9487e5dea.jpg)
御園集落の東部を経て、東側の家並みや山並みを見ながら台地にある檜隈集落へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/42/a8a8824dd369dee13d0c12406c06752f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/17/33475b78577e42de77e1bcae75c45442.jpg)
落ち着いたたたずまいを見せる瓦(かわら)屋根の民家の間を進み、集落を南に抜ける
と「明日香村近隣公園」が見えてきた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c1/4140af0145b90a9c540f5c5b2f6cab31.jpg)
まだ完成して間もないようだが、広い敷地に多目的グランドや休憩施設などが望まれる。
最初の目的地、檜隈寺跡は集落を抜けて南東にすぐ、於美阿志(おみあし)神社の境内
にある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/6f/9847140257b95458d4c2293630a2c4dc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/de/46010ab8b2222f5965b74dc24eff944e.jpg)
檜隈は、応神天皇の時代に百済(くだら)から渡来した阿智使主(あちのおみ)が居住
したと伝えられ、於美阿志神社はその阿智使主を祭神としているとか。「日本書紀」の天
武天皇朱鳥元年の条に、「檜隈寺」の寺名が記されているという。
於美阿志神社の社殿左手の草地には講堂の塔石が並んでいて、寺跡からは7世紀末の瓦
が出土しているらしい。
社殿右側の塔跡には上層の一部を欠いた十三重塔石が残り、国の重要文化財に指定され
ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/2a/441ef7c60dda30d2e36bba49bc77153c.jpg)
講堂跡からは北東の展望が開け、すぐ下に復元された3棟の竪穴住居が並んでいる。一
帯は公園として整備するようで、北側には新しい建物を建設中だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/9f/bfcbddcbfa4996d9e4f6a13321219b81.jpg)
東北方の田んぼの向こうに、緑濃い森が望まれる。肉眼では認識しにくいが、デジカメ
のズームを利かせてみたら、どうやら文武天皇陵のよう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/29/2886ac8434e314ddf7e27305ff0febea.jpg)
神社を出てさらに東南へ。東側から広い車道が近づく辺りに、昨日も幾つか見たような
小さな石仏が祭られていて、この地の信仰の深さがしのばれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/95/c821e185760e21c8e14eb9f60d5d3fee.jpg)
大根田バス停付近でその広い車道に入り、キトラ古墳に向かう。東側に大根田集落が、
行く手には整備されたピークが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/5a/4abda397425b564b407f1567ae4955ca.jpg)
キトラ古墳かと近づくと囲いがしてあり、キトラ古墳周辺地区の公園の整備中の立て札
が立つ。工事担当者に聞いたら、古墳はこの先だという。道路の反対側も広く工事が進め
られていて、かなり大規模な公園ができそう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/97/e60fdb71ba468cfd80759128aca01eb5.jpg)
緩やかに下る道路が右カーブする辺りで、左に入る道がある。一帯も工事中だが、キト
ラ古墳の矢印が続くので回ってみた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/c7/eb516ccc6377ccca946bcb90f407adbe.jpg)
建物の工事現場の先の斜面上部がキトラ古墳のようだが、工事中なので道路から眺める
しかなく、土がむき出しで古墳らしさが感じられない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/30/445c430b4b7e014f5054faff2f1a06e3.jpg)
国特別史跡のキトラ古墳は、高松塚古墳や昨日訪ねたマルコ山古墳と同様、飛鳥時代の
7世紀後半の終末期古墳とのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/d9/604a9335a34ec930b1ab51620519b347.jpg)
古墳は、南東から北西への尾根の南斜面を平らに削って墳丘が築かれ、墳丘の直径は下
段13.8m、上段9.4m、高さ3.3mの2段築成の円墳という。
昭和58年(1983)、ファイバースコープにより石槨(せっかく)内に壁画が描か
れていることが分かり、高松塚古墳に続く壁画古墳として話題になった。
平成16年(2004)には、石槨内の発掘調査で漆喰木棺(しっくいもっかん)の破
片、太刀金具、ガラス玉などが発見されたとか。その後壁画の劣化が急速に進み、現在は
はぎ取られて保存修理中である。
広い車道に戻り、右にカーブして西に向いた明日香村と高取町との町村境で、南への道
に回り、阿部山集落から延びてきた用水沿いの道路を西進する。
700m程で、国道169号の手前を平行する旧道、土佐街道と交差した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/fc/45e87e6f59131d281353b4d77a6dbb35.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/6b/4a12c0fec53a042f49bfb04c5169a055.jpg)
両側に屋根の低い家並みが続き、交差点際には古くからの漢方薬専門の薬局があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/9e/a1bd66981c4db24cbdd6bde85a888e0c.jpg)
ちなみに「土佐街道」は、大和王朝時代に土佐の国から移り住んできた人が多くいたこ
とから名付けられたのだという。
車の少ないその街道を進めばよかったが、直進して国道に出る。こちらはかなりの交通
量で、そのうえ車道がない。次の信号まで注意して北進して、壺阪山(つぼさかやま)駅
前の交差点へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/e2/134d726ca2e166ebbe8f862589251830.jpg)
交差点際に、高取町で作った「土佐街道かいわい散歩道」の絵地図があるが、実際の道
路と地図の方向が逆で分かりにくい。カラーながら担当者の意識が疑われ、全く不親切な
絵地図だ。
交差点を西にすぐ、突き当たりが飛鳥の隣の壺阪山駅。10時58分に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/df/8de93240573e5464e7d04424f738407d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/5f/1e1df85111876e47023e76a0720804de.jpg)
クラシックな喫茶があるが駅前は閑散としていて、西国三十三番第6番札所で「壺坂霊
験記」でも知られる壺阪寺への玄関口とは思えぬ閑静な駅。駅には高取町の観光パンフレ
ットなども置いてない。駅前の観光地図を見ると、高取町はくすりの町でもあるらしい。
(天気 晴、距離 3.3㎞、地図(1/2.5万) 畝傍山、歩行地 明日香村、高取
町)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/52/d99ad4c2175de8f8c7dd53ba4dc2cc20.jpg)
11時23分発上り電車に乗り、橿原神宮前駅で乗り継ぎ、次の畝傍御陵前(うねびご
りようまえ)駅に11時35分に下りた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/8f/c2b7daf0c8f5b7ed67beab7a3662b08e.jpg)
今日後半は、近くにある橿原考古学研修所附属博物館の観覧である。
駅舎のある西口を出て、閑静な住宅地を西南に進む。住宅の間から西に、大和三山のひ
とつ畝傍山が望まれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/f3/931eaf404c7c60d5084960d9a2112fa0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/7b/185cda074599e8d57ace146861764327.jpg)
5分ほどで博物館に着いた。建物の右手の植栽の下に、橿原考古学研究所で発掘された
近隣の遺跡の石造物や復元品などが、幾つか展示されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/e0/46cdafeb953d1b8ef21431c92089f2ad.jpg)
そのひとつが、昨日最初に訪ねた束明神(つかみょうじん)古墳の復元石槨。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/dd/e7459655212d5f8f9080dd619d75f5ab.jpg)
ほかに、斑鳩町(いかるがちよう)竜田(たつた)御坊山の↑横口式石槨、桜井市穴師
(あなし)の組合式石棺、桜井市高家(たいえい)の横穴式石室などがあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/9e/235a23baed97cdf200b501da818c2798.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/5a/33f667854335ac47d492c6679ae3f821.jpg)
それらをひととおり見てから博物館に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/4a/2bfa351c89cce00b128e3929bae0a134.jpg)
この博物館は、橿原考古学研究所が1938年以来行ってきた発掘調査の出土資料を中
心に展示しており、研究所の調査・研究活動と一体となっていて、学芸活動として展示公
開しているという。(入館料 一般400円、特別展開催中の現在は800円)
エントランスホールには、斑鳩町藤ノ木古墳から出土した金銅製屨(こんどうせいくつ)
の復元品などが展示されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/4d/f4cd1b6fc99dda312889d3b747a49e44.jpg)
6月14日まで「継体大王とヤマト」と呼ぶ特別展を開催中なので、最初にそれを見る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/1c/ea8f018706c6627b845ac26782d986ba.jpg)
継体大王は、「日本書紀」に大伴氏(おおともし)、物部氏(もののべし)、巨勢氏
(こせし)などヤマトの豪族たちが集まり、越前(「古事記」では近江)から新しく迎え
た天皇として記されているとか。
特別展示室には、継体の陵とされる大阪・高槻の今城塚(いましろづか)古墳や、大阪、
福井、滋賀、愛知、奈良など各府県の継体大王関連の古墳のこと、埴輪や土器、飾り物な
ど出土品、考古資料などが展示されていた(特別展示は撮影禁止)。
次に、3室に分かれた一般展示室を回る。第1展示室は旧石器から縄文、弥生時代、第
2展示室は古墳時代と飛鳥前期、第3展示室には飛鳥後期から奈良、平安、鎌倉・室町時
代の、出土品や資料、年表、写真などが展示されている。
以下にそれらの展示の幾つかを紹介する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/aa/4fe12ca75b1b127877871f036e277855.jpg)
こんな大きな埴輪もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/03/6554bd942abb1baad79920adf6d06740.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/85/f9c4df9a5296c4ba03bf6ad906707cb1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/d4/ad4a44fe6b5cefbceef5aa16af075927.jpg)
エントランスホールに金ピカの復元品があった、藤ノ木古墳から出土した本ものの金銅
製屨はこれ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/30/5640ad308ba64cfc1976dd550fb00f48.jpg)
家型陶棺(奥)と石棺(手前)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/97/965c54a47d68194e73cbbab7ce2eb171.jpg)
平城宮内の主要寺院の瓦
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/b5/7a29619bcc65afced59ed0e8d0004b13.jpg)
特別展と一般展示室とを合わせて1時間半ほど観覧して、館を出たのは13時20分を
過ぎていた。
博物館のある駅の西側には食堂などは無さそう。駅に戻って地下道を東に抜けて、国道
24号に出た。南に少しで、レストラン「和食さと」が見つかったので入り、今日も遅い
昼食をした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/64/36390ca427fbac1e9935e1ec1414546d.jpg)
注文した「日替わり麺 彩五色うどん」(680円)とリンゴジュース(162円)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/1f/ab8d25ec61d2b908168074a766f750fa.jpg)
14時40分過ぎにレストランを出て畝傍御陵駅に戻る。15時8発近鉄京都線京都行
き急行で、京都駅に16時23分に着く。
JR京都駅の新幹線改札構内で土産物や弁当などの買い物などをして、16時56分発
上りひかり476号に乗り、東京駅に向かった。
今回の3日間は、春日大社の特別拝観と明日香周辺の古墳めぐりが中心だったが、未知
の古墳を訪ねて各々の歴史やゆかりの人物を知り、橿原考古学研究所附属博物館の観覧も、
当時の歴史への興味をいっそうかき立ててくれた。
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今日も好天、連泊した奈良・新大宮駅前のビジネスホテルを8時に出る。近鉄奈良線の
新大宮駅8時8分発に乗り、昨日と同様大和西大寺駅と橿原神宮前駅で乗り換え、飛鳥
(あすか)駅に9時4分に着いた。
今日の前半は飛鳥駅の東南方の檜隈寺跡(ひのくまじあと)とキトラ古墳めぐりの予定
で、9時10分に出発した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/1e/53d4ad0a315e296122d00a3315b89a8d.jpg)
駅前の交差点で国道169号を渡り、東に少しで南に延びる飛鳥周遊歩道に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/0d/ac83308ba96ec66d08d16cac8b287840.jpg)
車の通行を気にせずに済むので、周辺の風景を眺めながら安心して進める。飛鳥の田植
えは6月に入ってからのようで、昨日と同様周辺の田んぼにもまだ水が入っていない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/7d/4e697b1da8d6332a7f06ba5e8869c668.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/85/c502c2338370bf733876afd9487e5dea.jpg)
御園集落の東部を経て、東側の家並みや山並みを見ながら台地にある檜隈集落へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/42/a8a8824dd369dee13d0c12406c06752f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/17/33475b78577e42de77e1bcae75c45442.jpg)
落ち着いたたたずまいを見せる瓦(かわら)屋根の民家の間を進み、集落を南に抜ける
と「明日香村近隣公園」が見えてきた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c1/4140af0145b90a9c540f5c5b2f6cab31.jpg)
まだ完成して間もないようだが、広い敷地に多目的グランドや休憩施設などが望まれる。
最初の目的地、檜隈寺跡は集落を抜けて南東にすぐ、於美阿志(おみあし)神社の境内
にある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/6f/9847140257b95458d4c2293630a2c4dc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/de/46010ab8b2222f5965b74dc24eff944e.jpg)
檜隈は、応神天皇の時代に百済(くだら)から渡来した阿智使主(あちのおみ)が居住
したと伝えられ、於美阿志神社はその阿智使主を祭神としているとか。「日本書紀」の天
武天皇朱鳥元年の条に、「檜隈寺」の寺名が記されているという。
於美阿志神社の社殿左手の草地には講堂の塔石が並んでいて、寺跡からは7世紀末の瓦
が出土しているらしい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/2d/8ad65fe3a7c6ccd5d5dfd4124dda498d.jpg)
社殿右側の塔跡には上層の一部を欠いた十三重塔石が残り、国の重要文化財に指定され
ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/2a/441ef7c60dda30d2e36bba49bc77153c.jpg)
講堂跡からは北東の展望が開け、すぐ下に復元された3棟の竪穴住居が並んでいる。一
帯は公園として整備するようで、北側には新しい建物を建設中だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/9f/bfcbddcbfa4996d9e4f6a13321219b81.jpg)
東北方の田んぼの向こうに、緑濃い森が望まれる。肉眼では認識しにくいが、デジカメ
のズームを利かせてみたら、どうやら文武天皇陵のよう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/29/2886ac8434e314ddf7e27305ff0febea.jpg)
神社を出てさらに東南へ。東側から広い車道が近づく辺りに、昨日も幾つか見たような
小さな石仏が祭られていて、この地の信仰の深さがしのばれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/95/c821e185760e21c8e14eb9f60d5d3fee.jpg)
大根田バス停付近でその広い車道に入り、キトラ古墳に向かう。東側に大根田集落が、
行く手には整備されたピークが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/5a/4abda397425b564b407f1567ae4955ca.jpg)
キトラ古墳かと近づくと囲いがしてあり、キトラ古墳周辺地区の公園の整備中の立て札
が立つ。工事担当者に聞いたら、古墳はこの先だという。道路の反対側も広く工事が進め
られていて、かなり大規模な公園ができそう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/97/e60fdb71ba468cfd80759128aca01eb5.jpg)
緩やかに下る道路が右カーブする辺りで、左に入る道がある。一帯も工事中だが、キト
ラ古墳の矢印が続くので回ってみた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/c7/eb516ccc6377ccca946bcb90f407adbe.jpg)
建物の工事現場の先の斜面上部がキトラ古墳のようだが、工事中なので道路から眺める
しかなく、土がむき出しで古墳らしさが感じられない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/30/445c430b4b7e014f5054faff2f1a06e3.jpg)
国特別史跡のキトラ古墳は、高松塚古墳や昨日訪ねたマルコ山古墳と同様、飛鳥時代の
7世紀後半の終末期古墳とのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/d9/604a9335a34ec930b1ab51620519b347.jpg)
古墳は、南東から北西への尾根の南斜面を平らに削って墳丘が築かれ、墳丘の直径は下
段13.8m、上段9.4m、高さ3.3mの2段築成の円墳という。
昭和58年(1983)、ファイバースコープにより石槨(せっかく)内に壁画が描か
れていることが分かり、高松塚古墳に続く壁画古墳として話題になった。
平成16年(2004)には、石槨内の発掘調査で漆喰木棺(しっくいもっかん)の破
片、太刀金具、ガラス玉などが発見されたとか。その後壁画の劣化が急速に進み、現在は
はぎ取られて保存修理中である。
広い車道に戻り、右にカーブして西に向いた明日香村と高取町との町村境で、南への道
に回り、阿部山集落から延びてきた用水沿いの道路を西進する。
700m程で、国道169号の手前を平行する旧道、土佐街道と交差した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/fc/45e87e6f59131d281353b4d77a6dbb35.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/6b/4a12c0fec53a042f49bfb04c5169a055.jpg)
両側に屋根の低い家並みが続き、交差点際には古くからの漢方薬専門の薬局があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/9e/a1bd66981c4db24cbdd6bde85a888e0c.jpg)
ちなみに「土佐街道」は、大和王朝時代に土佐の国から移り住んできた人が多くいたこ
とから名付けられたのだという。
車の少ないその街道を進めばよかったが、直進して国道に出る。こちらはかなりの交通
量で、そのうえ車道がない。次の信号まで注意して北進して、壺阪山(つぼさかやま)駅
前の交差点へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/e2/134d726ca2e166ebbe8f862589251830.jpg)
交差点際に、高取町で作った「土佐街道かいわい散歩道」の絵地図があるが、実際の道
路と地図の方向が逆で分かりにくい。カラーながら担当者の意識が疑われ、全く不親切な
絵地図だ。
交差点を西にすぐ、突き当たりが飛鳥の隣の壺阪山駅。10時58分に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/df/8de93240573e5464e7d04424f738407d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/5f/1e1df85111876e47023e76a0720804de.jpg)
クラシックな喫茶があるが駅前は閑散としていて、西国三十三番第6番札所で「壺坂霊
験記」でも知られる壺阪寺への玄関口とは思えぬ閑静な駅。駅には高取町の観光パンフレ
ットなども置いてない。駅前の観光地図を見ると、高取町はくすりの町でもあるらしい。
(天気 晴、距離 3.3㎞、地図(1/2.5万) 畝傍山、歩行地 明日香村、高取
町)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/52/d99ad4c2175de8f8c7dd53ba4dc2cc20.jpg)
11時23分発上り電車に乗り、橿原神宮前駅で乗り継ぎ、次の畝傍御陵前(うねびご
りようまえ)駅に11時35分に下りた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/8f/c2b7daf0c8f5b7ed67beab7a3662b08e.jpg)
今日後半は、近くにある橿原考古学研修所附属博物館の観覧である。
駅舎のある西口を出て、閑静な住宅地を西南に進む。住宅の間から西に、大和三山のひ
とつ畝傍山が望まれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/f3/931eaf404c7c60d5084960d9a2112fa0.jpg)
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5分ほどで博物館に着いた。建物の右手の植栽の下に、橿原考古学研究所で発掘された
近隣の遺跡の石造物や復元品などが、幾つか展示されていた。
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そのひとつが、昨日最初に訪ねた束明神(つかみょうじん)古墳の復元石槨。
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ほかに、斑鳩町(いかるがちよう)竜田(たつた)御坊山の↑横口式石槨、桜井市穴師
(あなし)の組合式石棺、桜井市高家(たいえい)の横穴式石室などがあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/9e/235a23baed97cdf200b501da818c2798.jpg)
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それらをひととおり見てから博物館に入る。
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この博物館は、橿原考古学研究所が1938年以来行ってきた発掘調査の出土資料を中
心に展示しており、研究所の調査・研究活動と一体となっていて、学芸活動として展示公
開しているという。(入館料 一般400円、特別展開催中の現在は800円)
エントランスホールには、斑鳩町藤ノ木古墳から出土した金銅製屨(こんどうせいくつ)
の復元品などが展示されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/4d/f4cd1b6fc99dda312889d3b747a49e44.jpg)
6月14日まで「継体大王とヤマト」と呼ぶ特別展を開催中なので、最初にそれを見る。
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継体大王は、「日本書紀」に大伴氏(おおともし)、物部氏(もののべし)、巨勢氏
(こせし)などヤマトの豪族たちが集まり、越前(「古事記」では近江)から新しく迎え
た天皇として記されているとか。
特別展示室には、継体の陵とされる大阪・高槻の今城塚(いましろづか)古墳や、大阪、
福井、滋賀、愛知、奈良など各府県の継体大王関連の古墳のこと、埴輪や土器、飾り物な
ど出土品、考古資料などが展示されていた(特別展示は撮影禁止)。
次に、3室に分かれた一般展示室を回る。第1展示室は旧石器から縄文、弥生時代、第
2展示室は古墳時代と飛鳥前期、第3展示室には飛鳥後期から奈良、平安、鎌倉・室町時
代の、出土品や資料、年表、写真などが展示されている。
以下にそれらの展示の幾つかを紹介する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/aa/4fe12ca75b1b127877871f036e277855.jpg)
こんな大きな埴輪もある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/03/6554bd942abb1baad79920adf6d06740.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/85/f9c4df9a5296c4ba03bf6ad906707cb1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/d4/ad4a44fe6b5cefbceef5aa16af075927.jpg)
エントランスホールに金ピカの復元品があった、藤ノ木古墳から出土した本ものの金銅
製屨はこれ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/30/5640ad308ba64cfc1976dd550fb00f48.jpg)
家型陶棺(奥)と石棺(手前)
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平城宮内の主要寺院の瓦
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/b5/7a29619bcc65afced59ed0e8d0004b13.jpg)
特別展と一般展示室とを合わせて1時間半ほど観覧して、館を出たのは13時20分を
過ぎていた。
博物館のある駅の西側には食堂などは無さそう。駅に戻って地下道を東に抜けて、国道
24号に出た。南に少しで、レストラン「和食さと」が見つかったので入り、今日も遅い
昼食をした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/64/36390ca427fbac1e9935e1ec1414546d.jpg)
注文した「日替わり麺 彩五色うどん」(680円)とリンゴジュース(162円)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/1f/ab8d25ec61d2b908168074a766f750fa.jpg)
14時40分過ぎにレストランを出て畝傍御陵駅に戻る。15時8発近鉄京都線京都行
き急行で、京都駅に16時23分に着く。
JR京都駅の新幹線改札構内で土産物や弁当などの買い物などをして、16時56分発
上りひかり476号に乗り、東京駅に向かった。
今回の3日間は、春日大社の特別拝観と明日香周辺の古墳めぐりが中心だったが、未知
の古墳を訪ねて各々の歴史やゆかりの人物を知り、橿原考古学研究所附属博物館の観覧も、
当時の歴史への興味をいっそうかき立ててくれた。
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