孔子は、中国の春秋時代で今から2500年ほども前の人である。2、3年前であろうか、NHKで、中国語の達者な日本の若い俳優さんが孔子の末裔と言われるお宅を訪ねる番組が放送されました。詳細は記憶が定かではありませんが、七十何代目の末裔ということであったように思う。孔子の直系と自称する人は、途方もなく多く、世界各地にいるらしい。中でも孔子一族の本家の主で、孔子77代目当主と言われる方が、現在、台湾にお住まいとのことである(2006年8月現在、高橋茂男:http://www.jnpc.or.jp/communication/essay/e00022357/)。因みに孟子の家系も連綿と続いていて、その75代当主と言われる方も台湾にお住いのようである(同上)。
三国時代の読み物で、孔姓の人物ばかりでなく、三国時代の一角を担った蜀の劉備は、漢帝国を築いた劉氏の後裔の一人として語られている。
事ほど左様に、先祖代々の家系を大事に思う思想は中国では多分に古い時代からあり、現代に息づいているように思われる。春秋時代にあっても「○○家(け)」の出ということが人を評価する一つの尺度であったのではないでしょうか。
本稿での主題は、先に挙げた『詩経』の中の一首、「桃夭(とうよう)」、第1および2章の第4句に出てくる“室家” および“家室”についてである。筆者が目を通した限りの書物では、両語句は、押韻に合わせて語順をひっくり返しただけで、いずれも“お家(うち)”または“家庭”の意味であると解している。しかし同詩の中では異なる意味が謳いこまれているのではないか と思われてならないのです。つまり、第1章の“室家”は、先祖代々から末裔を含めた「○○家」の家系と読めるのではないか と。但し確たる根拠を見出しているわけではありませんが。
敢えてその根拠として挙げるとすれば、先に「采葛(さいかつ)」で述べた、募る想いの深さを第1~3章で順次に伸びる時間の長さに表現したと同様の発想である。すなわち、「桃夭(とうよう)」でも同じ文脈で、第1~3章と、嫁ぎ先の“お家”に関る事柄の“室家”、“家室” および“家人”を、大から小単位へと順次に、それぞれ、‘ご先祖の栄光をさらに末代へと続くべき家系、○○家’、‘当代のお家・家庭’および‘家人’と解釈したいのですが、如何でしょうか?嫁いでいく娘を言ほぐ気持ちがより大きく表現されるように思われます。