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紅葉の落ち葉を鹿がふみつける情景を詠ったのは、猿丸大夫である。実朝は、毎朝降りる露の重みで折れ伏した萩の花が鹿に踏みしだかれる情景を想像しています。いずれにせよ、鹿の鳴き声から、想いを馳せて、秋の侘しさを詠っています。
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朝な朝な 露にをれふす 秋萩の
花ふみしだき 鹿ぞ鳴くなる (秋・192; 『続後撰集』秋上・297)
(大意) 毎朝 降りる露の重みに耐えられず、花をつけた秋萩の枝は折れ伏す
ほどである。鹿は、落ちた花を踏みしだいて彷徨い鳴いている。
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<漢詩>
胡枝子花期聞鹿鳴 [下平声八庚韻]
胡枝子(ヤマハギ)の花期に鹿の鸣くを闻く
朝朝露盈盈, 朝朝(チョウチョウ) 露 盈盈(インイン)たりて,
秋樹枝折傾。 秋樹 枝 折れ傾く。
雄鹿花踐踏, 雄鹿(オジカ) 花 踐踏(フミシダ)き,
彷徨山奧鳴。 彷徨(サマヨ)い 山奧に鳴く。
[註] 〇盈盈:満ち溢れるさま; 〇秋樹:秋を迎え花を付けた樹、此処
では萩; 〇踐踏:踏みしだく、踏みつける; 〇彷徨:さまよう。
<現代語訳>
萩の花期に鹿の鳴くを聞く
朝な朝な 草木の枝には露が満ちて、
秋の花木萩の枝も撓(シナ)っている。
牡鹿(オジカ)は花を踏みしだき、
山奥を彷徨い 牝鹿(メジカ)を求めて啼いている。
<簡体字およびピンイン>
胡枝子花期闻鹿鸣 Húzhīzi huā qí wén lù míng
朝朝露盈盈, Zhāo zhāo lù yíng yíng,
秋树枝折倾。 qiū shù zhī zhé qīng.
雄鹿花践踏, Xióng lù huā jiàntà,
彷徨山奥鸣。 páng huáng shān ào míng.
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次は、猿丸大夫の一首です。
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声聞くときぞ、秋はかなしき (猿丸大夫 『古今集』秋上・215)
この歌は、百人一首にも撰されており、先にその漢詩訳を試みました(『こころの詩(ウタ) 漢詩で詠む百人一首』 文芸社)。ご参考までにその漢詩訳を次に示します。
季秋有懐 [上平声四支韻]
季秋に懐(オモ)い有り
遥看深山秋色奇,
遥かに看(ミ)る深山 秋色奇(キ)なり,
蕭蕭楓景稍許衰。
蕭蕭(ショウショウ)として楓の景(アリサマ)に稍許(イササ)か衰えあり。
呦呦流浪踏畳葉,
呦呦(ヨウヨウ)鳴きつつ畳(チリシイ)た葉を踏んで流浪(サマヨ)うか,
聞声此刻特覚悲。
鹿の鳴き声を聞くその時こそ 特に秋の悲しさを覚える。
<現代語訳>
晩秋の懐い
遥かに遠く奥山に目をやると鮮やかな秋の彩である、
物寂しく風にそよぐ紅葉、しかしその景色にやや衰えが見える。
雌を求めて鳴き鳴き散り敷く紅葉の葉を踏んで流浪っているのであろう、
鹿の鳴き声を聞くその時こそ 秋の悲しみが一入深く感じられる。
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姿は見えないが、遠く山奥に牝鹿を求めて彷徨っている牡鹿の鳴き声が聞こえて来る。山の中腹には雲がかかり、木々の梢の向こうには霧がかかっている。すっぽりと山が雲や霧に覆われている、陰鬱な秋の情景に思える。
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[歌題] 鹿をよめる
雲のいる 梢はるかに 霧こめて
たかしの山に 鹿ぞ鳴くなる (秋・237; 『新勅撰集』 秋・303)
(大意) 雲の掛かっている梢を 見渡す限り遥かに霧が籠めて、高師山に鹿
が鳴いている。
[註] ○たかしの山 高師山、三河の国と遠江の国との国境にある山。
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<漢詩>
聞鹿 鹿を聞く [入声一屋韻]
峨峨高師岫, 峨峨(ガガ)たり高師(タカシ)の岫(ヤマ),
雲翳罩山腹。 雲翳(ウンエイ) 山腹に罩(カカ)る。
梢外霧弥漫, 梢外(ショウガイ)に霧 弥漫(ビマン)し,
呦呦鳴叫鹿。 呦呦(ヨウヨウ)と鹿 鳴叫(ナ)く。
註] 〇峨峨:高く聳え立つさま; 〇岫:山; 〇雲翳:雲、曇り;
〇罩:掛かる、覆う; 〇弥漫:立ち込める; 〇呦呦:鹿の鳴き声;
〇鳴叫:鳴く。
<現代語訳>
鹿の鳴くのを聞く
高く聳える高師の山、
中腹に雲が掛かってあり。
樹々の梢の向こうでは霧が一面に立ちこめていて、
山では鹿が鳴いている。
<簡体字およびピンイン>
闻鹿 Wén lù
峨峨高师岫, É é gāoshī xiù,
云翳罩山腹。 yúnyì zhào shān fù.
梢外雾弥漫, Shāo wài wù mímàn,
呦呦鸣叫鹿。 yōuyōu míngjiào lù.
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参考歌として 次の歌が挙げられている。
音羽山 けさこえくれば 郭公
梢はるかに今ぞ鳴くなる (紀友則 古今集 巻三 142)
(大意) 今朝 音羽山を越えた時 ちょうど梢の高みでホトトギスが鳴いた 。
東路や 今朝立ちくれば 蝉の声
たかしの山に 今ぞ鳴くなる (藤原仲実「永久百首」)
(大意) 今朝 東路を通ってくると、ちょうど高師の山で蝉の鳴く声に
出逢った。
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菊の香りに誘われたのでしょう、つい手を差し伸べ花を手折ったところ、露がこぼれて袖を濡らした。袖の露に映っている月影から夜更けていることを知らされた。
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[詞書] 月夜菊花をたをるとて
濡れて折る 袖の月影 ふけにけり
籬(マガキ)の菊の 花の上の露
(秋・256; 『新勅撰集』 巻五 秋下・316)
(大意) 籬に植えた菊を折り取った袖に、花の上の露が滴る。その袖の露に
映る月影から、夜更けであることを知った。
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<漢詩>
月夜折采菊花 月夜菊花を折采(タオ)る [上平声四支韻]
芳馨秋菊在垣籬, 芳しい馨(カオリ)の秋菊 垣籬(エンリ)に在り,
泫泫露華盈万枝。 泫泫(ゲンゲン)として露華(ロカ) 万枝に盈(ミ)つ。
不覚折葩沾衣袖, 不覚(オボエズ) 葩(ハナ)を折るに衣袖(ソデ)を沾(ヌ)らし,
知袖月影夜深時。 袖の月影に夜深(フケ)し時を知る。
註] ○折采:手折る; 〇垣籬:まがき; 〇泫泫:滴り落ちるさま;
○露華:つゆ; 〇葩:花; 〇沾:ぬれる、湿る;○露華:つゆ;
〇葩:花; 〇沾:ぬれる、湿る;
〇袖月影:露に濡れた袖にうつる月影。
<現代語訳>
月夜に菊花を折采(タオ)る
菊が芳ばしい香りを発して垣籬にあり、
枝々には露を一杯に置いている。
つい 花を摘んだところ 袖が露に濡れて、
濡れた袖にうつる月影から 夜も更けていることを知った。
<簡体字およびピンイン>
月夜折采菊花 Yuè yè zhé cǎi júhuā
芳馨秋菊在垣籬, Fāng xīn qiū jú zài yuán lí,
泫泫露华盈万枝。 xuàn xuàn lù huá yíng wàn zhī.
不觉折葩沾衣袖, Bù jué zhé pā zhān yī xiù,
知袖月影夜深时。 zhī xiù yuèyǐng lòu shēng shí.
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菊の香りの漂う中、我を忘れさせるほどの何事かに、時を忘れて没頭していたのでしょうか。そのような悠揚迫らぬ雰囲気が感じられます。前の二首とは異なった趣きの歌である。