zzzzzzzzzzzzzz 若紫-1
[五帖 若紫-1 要旨] (光源氏 18歳)
3月末の頃、源氏は、“おこり”に罹り、療養に北山のさるお寺の修験僧を訪れ、祈祷を乞うた。近くの庭の造りも凝った山荘で、10歳くらいで、一際 麗質を備えた女の児(若紫)が目を引いた。恋しい藤壺の宮によく似ていて、心が惹かれた。
源氏は、その子を手元に迎え、教養を与えて、未来の理想的な妻として育て上げたいとの強い思いに駆られる。その旨をお寺の僧都を通じて訴えるが、その子の祖母である尼は“…未だ幼齢であることから、…”と、源氏の希望を拒み、源氏の願いは聞き届けられません。源氏は、次の歌を尼に届ける:
初草の 若葉の上を 見つるより
旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ (光源氏)
僧都に拠れば、尼君は、僧都の姉で、亡き按察使大納言との間に娘がいた。この女人は、藤壺の宮の兄・兵部卿の宮夫人で、娘を設けたが、娘の誕生後間もなく亡くなった。その娘が件の女の子(若紫)であった。即ち、若紫は、藤壺の宮の姪である。
源氏の病は、すっかり良くなり、病苦から解放されて、京に帰って行った。
本帖の歌と漢詩
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初草の 若葉の上を 見つるより
旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ (五帖 若紫-1)
[註] 〇初草:春の初めに萌え出る草、若草;幼い子などに譬えられる。
(大意) 初草のような若葉の方を見てからというもの お逢いしたい気持ちで 私の旅寝の袖は涙の露で濡れたままで、乾くことはありません。
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<漢詩>
旅途一見鍾情小姬
旅途(タビサキ)で一見鍾情(ミソメ)た小姬 [上平声四支韻]
猶如若草麗小姫, 猶如(アタカ)も若草の如く麗しき小姫,
窺視鍾情多所思。 窺視(ヌスミミ)て鍾情(ミソメ)て 思う所多し。
不能相見辛酸淚, 相見(アイマミエ)ること能(アタワ)ず 辛酸(シンサン)の淚,
旅睡衣袖無燥時。 旅睡(タビネ)の衣の袖 燥(カワ)く時無し。
[註] 〇猶如:あたかも…のようだ; 〇窺視:盗み見る; 〇鍾情:
惚れ込む、好きになる; 〇辛酸:つらい思い; 〇燥:乾いている。
<現代語訳>
旅先で見初めた可愛い娘
恰も若草のようなかわいい女の子、
ちらっと眼に止まり 惚れ込んでしまい 胸いっぱいである、
直にお逢いすることが叶わず 辛く涙がこぼれ、
旅寝する衣の袖は涙で濡れたまゝ 乾くことがない。
<簡体字およびピンイン>
旅途一见鍾情小姬 Lǚtú yī jiàn zhōngqíng xiǎo jī
犹如若草丽小姫, Yóurú ruòcǎo lì xiǎo jī,
窥视鍾情多所思。 kuīshì zhōng qíng duō suǒ sī.
不能相见辛酸泪, Bù néng xiāng jiàn xīnsuān lèi,
旅睡衣袖无燥时。 lǚ shuì yī xiù wú zào shí.
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源氏の歌に対して、尼は、次の返歌を送っている:
枕結ふ 今宵ばかりの 露けさを 深山の苔に くらべざらなん
(大意) 旅寝の枕を結ぶ今宵一晩だけの涙の露を、深山の苔と較べないでください(深山の私どもは、一晩だけではなく、いつも袖が涙に濡れてかわくことはないのです」。
【井中蛙の雑録】
〇『源氏物語』とは、「歌物語」と題した方が的確であるように思われる。総じて795首の歌が含まれるとされ、本帖でも25首あります。本稿では各帖1~3首を選び、漢詩化を進めつつ、物語の要旨を’語って’行くつもりです。
zzzzzzzzzzzzzz 若紫-2
[五帖 若草-2 要旨]
藤壺の宮は、体調が勝れず、宮中から自宅へ退出していた。この機会を逃しては、いつ逢えるか知れないと、源氏は、藤壺の女房・王命婦(ミョウブ)に逢える機会を作るよう迫る。
王命婦の働きで、わずかな逢瀬の機会を持つことができました。しかし永久の夜が欲しいのに、思いの一部さえ告げる時間もなく、却って恨めしい、と別れの時に詠った歌:
見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに
やがて紛るる 我身ともがな (光源氏)
帝は御所へ帰るよう促すが、藤壺の宮は病の経過もよくなく、里居を続けている。宮自身、生理現象を感じ、また女房達も気づきだした。妊娠3ケ月であった。初秋七月、藤壺の宮は御所へ戻った。帝は最愛の方が懐妊したことを知り、一層 宮に思いを寄せるようになる。
一方、源氏は、若紫を手元へ迎えるよう僧都や尼君などに掛け合うが、賛同は得られない。尼君の没後、49日過ぎのある日、父の兵部卿が引き取ることになっていた日の早朝、惟光を伴い、若紫を連れ出し、二条院に伴ってきた。
本帖の歌と漢詩
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見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに
やがて紛るる 我身ともがな
(大意) こうしてお目にかかっても、これからも二度と逢う夜はめったにないでしょうから、夢としか思えぬこの逢瀬の中で、このまま紛れ 消える我が身でありたい。
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<漢詩>
才成就幽会 才(ヤット)成就せし幽会
[上平声五微-上平声四支通韻]
從教才有会君機, 從教(サモアラバアレ)才(ヤット)君に会う機有り,
但再逢応是稀奇。 但だ再び逢うは応に是れ稀奇(キキ)ならん。
無端如夢茲相会, 無端(ハシナクモ) 夢の如くに茲(ココ)に相い会う,
願此機身熄滅期。 願わくは此の機 身の熄滅(ソクメツ)する期なるを。
[註] ○幽会:密会; 〇從教:ままよ; 〇稀奇:稀な、珍しい; 〇無端:思いがけず; 〇熄滅:消えてなくなる。
<現代語訳>
やっと果たせた逢瀬
ままよ やっとこうして君に逢う機会を得た、とは言え 再び逢う機会はめったに来ないであろう。思いがけず 夢のようにここでお逢いしている、願わくば この機会にわが身がこのまま消えてなくなってほしいものだ。
<簡体字およびピンイン>
才成就幽会 Cái chéngjiù yōuhuì
从教才有会君机, Cóng jiāo cái yǒu huì jūn jī,
但再逢应是稀奇。 dàn zài féng yīng shì xīqí.
无端如梦兹相会, Wúduān rú mèng zī xiāng huì,
愿此机身熄灭期。 yuàn cǐ jī shēn xīmiè qī.
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藤壷の宮は、涙にむせ返っていう源氏の様子をみると、さすがに悲しくなって、次の歌を返した:
世語りに 人やつたへん 類ひなく 憂身をさめぬ 夢になしても
(大意) 世間の語り草として、人に語り伝えられるのでしょうか 比べ物がないほど辛いわが身を 目覚めることのない夢の中のことにするとしても。