愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 429 漢詩で読む 『源氏物語』の歌  (三十六帖 柏木)

2024-09-21 09:36:46 | 漢詩を読む

[三十六帖 柏木 要旨]  (光源氏 48歳正月~秋)

柏木は、光源氏を裏切り、宮へ密通するという重大な過ちを犯す。その罪の意識に苛まれて病に伏し、死を覚悟する。床に伏しながらも宮への思いは募り、震える手で認め、宮に歌を贈る。「哀れとだけ言ってください。暗い闇の世界へ入る道の光明にいたしましょう」と書き添えて: 

 

 今はとて 燃えん煙も 結ぼほれ 

   絶えぬ思ひの なほや残らん   (柏木)

 

宮は、この日の夕方頃から産気づき、翌朝、男児(後の薫)を出産した。宮の秘密は、源氏意外誰も知らず、高貴な内親王を母とする最後の若君ということで、盛大な出産祝いが催された。源氏は、若君を特に見ようとすることはなかった。

 

源氏の訪れは疎となり、さらに過去の自身も恨めしく、宮は尼になろうと考える。一方、宮出産の報に接した法皇(朱雀院)は、宮の御殿を訪れる。その折、宮は源氏の反対を振り切り、法皇に髪を切ってもらい、仏の戎を受け、尼となった。

 

夜明け前の勤行の時、また六条院御息所の物怪が現れ、「紫の上と女三の宮に憑りついたのだ」と笑った。宮の出家を知った柏木は重体に陥る。柏木は見舞いに訪れた夕霧に、源氏への取りなしと女二宮の後見を依頼し、まもなく息を引き取った。

 

三月には若君の五十日の祝いの日がきた。柏木によく似た顔立ちの若君と尼姿の女三宮を前に源氏は複雑な思いにかられます。夕霧は柏木の遺言を守ってしばしば女二宮を慰めに通い、ほのかな恋心さえ抱き始めます。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

今はとて 燃えん煙も 結ぼほれ 

  絶えぬ思ひの なほや残らん   (柏木) 

  [註]○結ぼほる:解けなくなるほどしっかりと結ばれる。

 (大意) 今を限りと私を焼いて葬る煙は消え去ることなく漂い、 あなたをあきらめきれない私の思いもずっとこの世に残ることになるでしょう。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>  

  死不瞑目          死して瞑目できず 

[下平声一先‐上平声十五刪通韻]

就此予命有誰憐, 就此(ココ)に予が命 誰 有りて憐(アワレ)まん, 

焚煙飄蕩止人寰。 焚く煙 飄蕩(タダヨ)い人寰(ジンカン)に止ろう。

無奈難消予恋慕, 無奈(イカンセン) 予が恋慕 消え難く,

斯懐留下在人間。 斯の懐(オモイ) 人間(ジンカン)に留下(トドマ)らん。

 [註]○死不瞑目:(成) 死んでも死にきれない; ○就此:ここで、これで; ○飄蕩:漂う; ○人寰:人間の世界; 〇無奈:如何せん; ○人間:この世、現実の世界。

<現代語訳> 

  浮かばれぬ魂 

これで わが命をあなた以外誰か憐れんでくれる人がいるであろうか、火葬の煙はこの世に留まり漂ったままであろう。どうしようもなく、私のあなたを恋しく思う気持ちは消えがたく、その想いはこの世に留まり続けることでしょう。

<簡体字およびピンイン>  

  死不瞑目           Sǐ bù míngmù 

就此予命有谁怜, Jiù cǐ yú mìng yǒu shuí lián,  

焚烟飘荡止人寰。 fén yān piāodàng zhǐ rénhuán. 

无奈难消予恋慕, Wúnài nán xiāo yú liànmù,  

斯怀留下在人间。 kělián liú xià zài rénjiān.   

ooooooooo   

柏木の歌に 女三の宮が返した歌:

 

立ち添ひて 消えやしなまし うきことを

  思ひ乱るる 煙くらべに    (女三の宮)  

 [註] ○“し”:強意の副助詞; ○煙比べ:煙を恋の炎から立つ煙に見立てて恋心の強さを比べ合うこと。

(大意)私もあなたの煙とともに消えてしまいたい あなたに比べられないほどに、私も思い乱れております。

  

 

【井中蛙の雑録】

『蒙求』と『蒙求和歌』-6  『蒙求』日本での受容-② 

 『蒙求』の日本での受容について、先に触れたように、i) 中国歴史・文化の学習教材としての活用。次にii) 作詩・歌の参考資料としての意義。詩・歌は、諸々の事象に触発された作者の‘思い’を短い(韻)文にしたもの。日本に白居易の「長恨歌」等の詩が紹介されると、その詩中の“句”に触発された和歌・“句題和歌”が作られるようになりました。この“作歌技法”を『蒙求』を対象にして、初学者のための実践的な教材にと意図した著書が『蒙求和歌』である。1204年、北条政子の指示に従い、13歳の源実朝の和歌の教育に必要な教本として、源光行によって著された3部作のうちの一著書である。

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