愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題394 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (十一帖 花散里)

2024-03-11 09:30:43 | 漢詩を読む

[十一帖 花散里 要旨] (光源氏 25歳) 

桐壺院の崩御、藤壺の出家、さらに朧月夜との密会の事件等々を経て、右大臣家からの圧迫が一層加わり、光源氏は厭世の思いを強めていく。そんな折、父・桐壺帝の庇護のもとに暮らしていた麗景殿の女御を訪ねる。

 

行く途中、小さいながら庭木の繁りようなど面白そうな家があり、家から琴の音が聞こえて来た。一度だけ訪ねたことのある家である。家を覗いていると、ホトトギスが啼いて通った。

 

目的の家は、想像していた通り、人は少なく、身にしむ思いのする家であった。まず女御を訪ね、話しているうちに夜が更けた。軒に近い橘の木が懐かしい香りを送る。ホトトギスがさっき町で聞いた声で鳴いた。源氏は女御に次の歌を贈る:

 

橘の 香をなつかしみ ほととぎす 

  花散る里を たずねてぞとふ  (光源氏)

 

麗景殿女御は、柔らかい気分の受け取れる上品な人であった。すぐれて時めくようなことではなかったが、愛すべき人として院が見ていたことを思い出し、昔の宮廷など、いろいろなことを思い出して、源氏は泣いた。女御も、今さらのように心がしんみりと寂しくなっていく様子で歌を返す。

 

源氏は、西座敷の方へ静かに入って行くと、忍びやかに目の前へ美しい恋人・三の君(花散里)が現れた。源氏は、言葉を尽くして恋しかったことを告げた。源氏は、この里を訪ねることに依り、心の安らぎを得たようである。

 

本帖の歌と漢詩 

oooooooooo 

橘の 香をなつかしみ ほととぎす 

  花散る里を たずねてぞとふ   (光源氏)  

 (大意) ほととぎすは 橘の香りを懐かしんで 花散る里を訪ね

  てきました。

oooooooooo 

橘の 香をなつかしみ ほととぎす 

  花散る里を たずねてぞとふ (光源氏 十一帖 花散里)  

 (大意) ほととぎすは 橘の香りを懐かしんで 花散る里を訪ねてきました。

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

   懷古杜鵑     古を懷かしむ杜鵑(ホトトギス)      [上声四紙韻] 

馥馥橘花栄, 馥馥(フクフク)として橘の花 栄え,

芳香満荒鄙。 芳香 荒鄙(コウヒ)に満つ。 

杜鵑懷往時, 杜鵑 往時(オウジ)を懷(ナツカシ)み, 

乃訪花散里。 乃(スナハ)ち 花散里を訪ぬ。 

 [註] 〇馥馥:香しいさま; 〇鄙:田舎、ひなびている; 〇杜鵑:ホト

       トギス;  〇往時:昔。

<現代語訳> 

  過ぎし日を懐かしむホトトギス 

橘の花は咲き誇り、非常に芳ばしく、

その香りが、鄙(ヒナ)びて荒れた庭に満ちている。

ホトトギスは 往時を懐かしんで、

花散里に訪ねて来たのであった。

<簡体字およびピンイン> 

  怀古杜鹃      Huáigǔ dùjuān 

馥馥橘花栄, Fùfù jú huā róng,   

芳香满荒鄙。  fāngxiāng mǎn huāng

杜鹃怀往时,  Dùjuān huái wǎngshí, 

乃访花散里。  nǎi fǎng huāsàn

oooooooooo

  麗景殿女御が返した歌は次のようである。さすがにこれは貴女であると源氏は思った。

 

人目なく 荒れたる宿は 橘の 

  花こそ軒の つまとなりけれ (麗景殿女御) 

 (大意) 訪れる人もないこの荒れ果てた宿に訪ねてきたのは

  軒端に咲いた橘の花の香りがよすがとなったのですね。 

 

【井中蛙の雑録】

・“花橘の香り”について: 

 五月(サツキ)待つ 花橘(ハナタチバナ)の 香(カ)をかげば 昔の人の 袖の香ぞする

              (よみ人知らず 古今集 夏3-139) 

  (大意) 五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔親しくしていた人の

            袖の香りがするよ。 

  ※ “袖の香”とは、貴族たちが“おのおの衣服にたきこめた香”のこと。その

             香りは、特定の人と結びついたものであった。この歌以後、橘の花の

             香りは昔(の人)を偲ばせるものとされた。

 

  

 

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