鈴木氏は、みずから新商品・新サービスを発想し、それを強いリーダーシップで実現していきました。
新たなものを生み出すということは、「未来」に目を向けるということです。そして、その場合、注目する対象は、当然、「未来の顧客のニーズ」ということになります。「今の競合会社の動向」がどうこうというのは二の次です。
(p116より引用) 真の競争相手は絶えず変化する顧客ニーズである。・・・目を向けなければならないのは、「明日の顧客」のニーズです。
しかしながら、どうやれば「明日の顧客ニーズ」が掴めるのか?
よく言われているように、顧客にアンケートをとったところで、現時点で存在しないものニーズなど分かるものではありません。著者は「お客様の心理を読む」ことだと説いていますが、さて、どうやれば心理を読むことができるのか・・・、これは難問です。
これについて、著者が自らの経験から提示しているのひとつのヒントは「素人の目線」です。
(p139より引用) 普通の生活感覚で考え、「素人の目線」を忘れずに、不満に感じたり、「こんなものがあったらいいな」と思うことからヒントを得て、顧客ニーズに応えるための仮説を立てる。答えはいつも、お客様のなかにあると同時に、「自分」のなかにもあるのです。
たしかに、一般消費者を対象としたサービスの場合には、「自分」も“顧客”の一人ですから、自身の主観的感覚を客観化して仮説を立てるというのは有効なアプローチ方法ですね。
そしてこの「素人の目線」で見る場合、著者は、消費者は必ずしも「経済合理性」に基づいた行動をとるとは限らないという前提に立って考えます。数年前から一種の流行になっている“行動経済学”的思考スタイルですが、著者の場合、以前から自らの経験にもとづきこういった事象の捉え方を実践していたようです。
顧客の心理を読んで「仮説」を立てた次は「実践(行動)」です。
この“仮説-実践”を軸としたPDCAサイクルを素早くまわし、顧客ニーズの変化に敏感に対応し続けることが“鈴木流経営スタイル”の肝になるのですが、この「実践」において、著者は、幻冬舎の見城社長からの興味深いアドバイスを紹介しています。
(p162より引用) 機を逃さない、きめ細かな戦略を実施するため、印刷会社や広告代理店もあえて大手は使わず、自社が上位のクライアントになるような、中小規模のところを選び、機動的で小回りの利く対応をしてもらうといいます。戦略を立てるときには、自分の戦いやすい環境をつくるという見城さんらしい手の打ち方です。
小売業の場合の「実践」とは、“商品の提供”です。
ただ、今日のように数多くの商品・サービスが目の前に並び消費が飽和状態にあるときには、提供商品の絞り込みが有効になります。“レコメンド”ですが、その絞り込みの際のキーワードも「お客様の立場で」です。
(p185より引用) わたしたちが商品を提供するときに忘れてならないのは、お客様に対して選ぶ理由を提示できているかどうかです。それは「お客様の立場で」考えなければわかりません。種類をたくさん置けば、お客様に喜んでもらえると考えるのは、コンセプトを打ち立てることもできなければ、仮説も立てられない売り手の勝手な思い込みにすぎないのです。
さて、本書では、鈴木氏がここ数年で仕事上関わった方からの気づきも随所で紹介されていますが、その中から、セブンイレブンのブランディング戦略に取り組んだデザイナー佐藤可士和さんの言葉を最後に書き留めておきます。
(p228より引用) 「『当たり前』とは『あるべき姿』のことで、いわば理想形です。『当たり前』のことができるのはものすごくレベルの高いこと」とは、佐藤さんの言葉です。
この言葉の意味付けのポイントは、誰にとっての「当たり前」かという点です。
自分の都合の範囲内での「当たり前」ではなく、相手にとっての「当たり前」を愚直に実現していく。これが、まさに著者にとっての「相手の立場で」という基本姿勢につながるのです。
だからこそ、「当たり前」は、「ものすごくレベルの高いこと」であり、目指すべき「理想形」なのです。
売る力 心をつかむ仕事術 (文春新書 939) 価格:¥ 809(税込) 発売日:2013-10-18 |