佐世子は麻美の顔をゆっくり起こし、常温の水を少しずつ与えた。瀕死の麻美が生気を取り戻していく実感があった。彼女の体が少し匂っているので、体をざっと拭くつもりでブラウスを脱がせようとした。しかし、麻美は拒絶の意志を示した。痩せ細った体を見せたくないのかもしれないが、佐世子としてはこの後、病院へ連れて行かなければならない。ゆっくりはしていられないのだ。
麻美の抵抗といっても、ほどんど力は入らない状態だ。佐世子はさほど手こずらず、ブラウスを脱がせた。麻美が震えた手をクロスさせて、二の腕を隠している。佐世子が優しく彼女の手を二の腕から離すと、両方の腕にタトゥーが彫られていた。
「麻美、これどうしたの?」
そう言ったきり、佐世子の手も止まった。その隙をつくように、麻美はまた両腕を隠した。佐世子は我に返ったように麻美の服を脱がし、全身を濡れタオルで拭いた。そして新しい下着をつけ、ブルージーンズを履かせ、ワイン色のブラウスを着せ、その上に春物のセーターとジャケットを重ねた。
その後、佐世子はすぐタクシーを呼び、麻美に肩を貸しながら一段一段ゆっくりと降り、タクシーを待った。その間「初めて私に迷惑をかけてくれたね。ようやく麻美の母親だって胸を張れるかな」と佐世子は麻美に優しく笑いかけた。タクシーで総合病院に向かい、2時間近く待たされただろうか、麻美の名前が呼ばれた。彼女の付き添いとして佐世子も診察室に入った。栄養失調と診断された麻美は点滴を打ってもらっている。
「しばらくすれば回復しますよ。消化の良いものを食べさせてください」
恰幅の良い50代くらいのベテラン医師は言った。
「ありがとうございました」
佐世子は頭を下げた。