佐世子はどうしても会わずにはいられない人物に連絡した。向こうも同じ気持ちだったというので、4月8日、午後2時前、指定の場所にいる。小さな店の前だ。チャイムを押す佐世子の右手が少し震えた。
「少々、お待ちください」
ドアが開き、林田恵理が目の前に姿を現した。
「どうぞお入りください」
比較的、明るい声だった。
「失礼します」
佐世子は硬さのとれぬ声で恵理の店に足を踏み入れた。
彼女は春物の白いセーターに黒のロングスカートという出で立ちだった。髪はショートカットと言っていいだろう。化粧も厚くはないが隙は無かった。実際には小柄なはずなのだが、決して小さくは見えない。この商売で長年生きてきた独特の強さのようなものが感じられた。
「あれ、娘さんですか?」
「いえ、私が川奈の妻です」
数え切れないほど繰り返してきたやり取りだった。しかし、このルーティーンのような会話で不思議と佐世子の緊張は解けた。二人は初対面ではない。しかし、まともに目を合わせた事もなかった。
「川奈さんから妻は凄く若く見えると何度も聞いていたけど、まさかここまでとは」
恵理は驚きを隠さなかった。