白雲去来

蜷川正大の日々是口実

花は桜木、人は武士。

2016-04-04 14:30:09 | 日記
四月二日(土)曇り。

最近は、撮った写真や、友人に撮って貰った写真をアルバムに貼らなくなった。パソコンやデジタルカメラが普及する前のフィルムの時代は、こまめにアルバムに写真を整理していた。元々が記録好きなので、旅に出ると、「一旅一冊」を心がけていたので、家族の記念写真や行事の際に撮った写真のアルバムが、大げさではなく百冊近くもある。家族、運動関係、旅行と分けてあるが、量が多くてとても自宅には置ききれないので、段ボールに入れて事務所に置いてある。

思い出を肴にして酒を飲むことも好きなのだが、残念ながらそれも出来なくなった。家を改築でもしたらアルバム専用の書棚を作ってみたい。しかし最近は、もっぱら撮った写真は、ハードディスクに入れてしまうので、がさばらなくなったが、それでもアナログ世代としては、写真をアルバムに貼る、と言う楽しみも捨てがたいと思っている。

桜の季節到来。我が家では、この時期に、大岡川の桜の下で毎年家族の写真を撮っている。最初は確か、平成十七年の春で十一年も前だ。当たり前のことだが子供たちは大きくなって、私は毎年老いて行く。写真を見ても十一年前の顔と今では雲泥の差。六十五歳だものなぁー。

満開の少し手前だったが、それなりに風情があった。弘明寺商店街方面にも回ったが露店が沢山出ていて、人出もすごかった。本当に日本人は桜が好きだなぁーと、嬉しくなった。花は桜木、人は武士 、柱は檜 、魚は鯛 、小袖はもみじ 、花はみよしの。花札の桜の札に書かれている「みよしの」、「みよしの」は「美吉野」で桜の名所として知られる奈良県の吉野山の美称。桜はみ吉野が一番、と言うことです。

しかし私が中学生の頃は、桜などほとんどなく、植えられている物は、川と言えば、イコール柳だった。中学が大岡川沿いにあったために、毎日川沿いを通ったが、桜の木などはほとんど見当たらなかった。そこで、ちょっと私の住む南区の資料を調べてみた。

大岡川沿いに植えられた南区の資料には「大岡川プロムナードは昭和五十五年度から平成二年度にかけて整備が行われ、約三・五キロの区間に戦前から植えられていた桜とあわせて五〇五本におよぶ豊かな桜並木が形成されました」と記載があった。私が中学を卒業したのが昭和四〇年のことだから、私の記憶が正解だった。

夜は、久しぶりのカツオを肴に我が酔狂亭で月下独酌。

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