六月十三日(木)晴れ。
おおっ久しぶりに良い天気だ。正に五月晴れの日。何だって。六月なのに五月晴れとはこれいかに。五月晴れの本来の意味は、「梅雨の晴れ間」のこと。洗濯を二回に、掃除機を隅から隅まで。愚妻はヒーコラ言っていた。今朝も昨日に続いて、コロツケ、メンチカツに目玉焼きにキャベツの千切り添え、トロロコブのスープ。昼は、カップ麺のタンメン。夜は、カツオ、小エビと竹輪の天ぷら、レタスと大根の千切りのサラダ。「極ゼロ」の缶ビールを三缶で打ち止め。
自分ではダメだが見ているのは大好きなテレビがある。毎朝必ず見るのが「今日のワンコ」。わずか一分ばかりのものなのだが、出てくる犬がどれも可愛くて、必ず見るようにしている。それとNHKの「岩合光昭の世界ネコ歩き」も好きで必ず録画している。しかし、犬や猫は、好きな人が分かるようで、私など、両方とも飼ったことがないので、人の所の犬もノラ猫にも、なつかれたことが一度もない。岩合さんの「ネコ歩き」を見ていると、すぐに猫と仲良くなっているのが、羨ましくなる。
そう言えば、ノラ猫はたまに見かけるが、ノラ犬をほとんど見かけなくなった。私が子供の頃には、「犬殺し」(失礼)と呼んでいた保健所のノラ犬狩りの人たちがいて、棒の先に針金のついたものを犬の首にかけて捕まえていたのを良く見た。捕まった犬が悲しそうにキャンキャンと吠えるのが、子供心に悲しかった。
それと、いわゆる「乗り鉄」や「撮り鉄」といった鉄道ファンに全く興味はないが、やはりNHKのBSでたまに放送する「六角精児の呑み鉄本線」という番組も好きだ。電車の種類や、走る姿などを見て何の感慨も覚えないが、なぜか、知らない町にふらりと降りて、居酒屋に入ったり、ローカルな町を旅する。その昔に流行った、ジェリー藤尾の「知らない街を歩いてみたい。どこか遠くへ行きたい。知らない海をながめてみたい。どこか遠くへ行きたい」との歌がオーパーラップするのである。それでも、知らない街で入った居酒屋が、最低だったなら、大事な一杯、一食損した気持ちになるので、自分では、そうした旅に出る勇気がない。
おおっ久しぶりに良い天気だ。正に五月晴れの日。何だって。六月なのに五月晴れとはこれいかに。五月晴れの本来の意味は、「梅雨の晴れ間」のこと。洗濯を二回に、掃除機を隅から隅まで。愚妻はヒーコラ言っていた。今朝も昨日に続いて、コロツケ、メンチカツに目玉焼きにキャベツの千切り添え、トロロコブのスープ。昼は、カップ麺のタンメン。夜は、カツオ、小エビと竹輪の天ぷら、レタスと大根の千切りのサラダ。「極ゼロ」の缶ビールを三缶で打ち止め。
自分ではダメだが見ているのは大好きなテレビがある。毎朝必ず見るのが「今日のワンコ」。わずか一分ばかりのものなのだが、出てくる犬がどれも可愛くて、必ず見るようにしている。それとNHKの「岩合光昭の世界ネコ歩き」も好きで必ず録画している。しかし、犬や猫は、好きな人が分かるようで、私など、両方とも飼ったことがないので、人の所の犬もノラ猫にも、なつかれたことが一度もない。岩合さんの「ネコ歩き」を見ていると、すぐに猫と仲良くなっているのが、羨ましくなる。
そう言えば、ノラ猫はたまに見かけるが、ノラ犬をほとんど見かけなくなった。私が子供の頃には、「犬殺し」(失礼)と呼んでいた保健所のノラ犬狩りの人たちがいて、棒の先に針金のついたものを犬の首にかけて捕まえていたのを良く見た。捕まった犬が悲しそうにキャンキャンと吠えるのが、子供心に悲しかった。
それと、いわゆる「乗り鉄」や「撮り鉄」といった鉄道ファンに全く興味はないが、やはりNHKのBSでたまに放送する「六角精児の呑み鉄本線」という番組も好きだ。電車の種類や、走る姿などを見て何の感慨も覚えないが、なぜか、知らない町にふらりと降りて、居酒屋に入ったり、ローカルな町を旅する。その昔に流行った、ジェリー藤尾の「知らない街を歩いてみたい。どこか遠くへ行きたい。知らない海をながめてみたい。どこか遠くへ行きたい」との歌がオーパーラップするのである。それでも、知らない街で入った居酒屋が、最低だったなら、大事な一杯、一食損した気持ちになるので、自分では、そうした旅に出る勇気がない。