白雲去来

蜷川正大の日々是口実

歴史は二度繰り返される、か。

2019-08-30 12:06:05 | 日記
八月二十八日(水)雨。

朝は、夏休みで家にいる下の子供と一緒に、ナポリタン、コロッケ。昼は、塩おにぎり二個。夜は。旧友と西横浜のイタメシ屋「オアジ」にて一献。途中から愚妻が合流。うっかりと友人のカメちゃんの入れたボトルを飲んで、新しいものを入れずに帰って来てしまった。スマン・スマンのオスマンサンコンである。

産経のコラムに、「歴史は二度繰り返される。一度は悲劇で、二度目は喜劇として」というマルクスの言葉があった。他人には厳しく、自分には甘い、どころか大甘な曺国さんのことだ。しかしなぁー。常識では考えられない出来事である。あれほど朴前大統領や周辺者を弾劾しておきながら、「お前もか」である。文大統領が曺国さんをどうするのか、ちょっと野次馬根性だが楽しみである。まさか盧武鉉さんの最期のような形で終わり、大統領が「禊は終わりました」何て言うことにならなければ良いがと、野次馬は思っているのです。

秋雨前線の影響で九州地方に大雨。何か地球がおかしくなっているのかもしれない。そう言えば、スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんという十六歳のお嬢さんが、ニューヨークで行われる気候変動会議に出席するため、二週間をかけてヨットで太平洋を横断した。彼女は、二酸化炭素(CO2)を排出する飛行機の利用をやめて、電気は太陽光パネルや風力発電でまかなわれるヨットで太平洋を横断したそうだ。しかしなぁー、今更、飛行機が二酸化炭素(CO2)を排出するかといって、なくす訳にもいかないだろうし、アジア、アフリカ、アメリカなどの国の人たちへの意識の変革も必要だろう。彼女の好意をあざ笑うように、ブラジルではアマゾンの森林火災が止まらない。大統領も消火に積極的ではないようだ。困ったものだ。家で、思わずオナラをすれば、家族から「地球環境に良くないよ」と糾弾される。地球も我が家も住みにくくなったものだ。

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オリンピックの名花

2019-08-30 11:33:57 | 日記
八月二十七日(火)曇り。

朝は珍しく、サニーサイドアップの目玉焼き二個に、ロースハム、レタスのサラダ。昼は、大通公園脇のうどんの「おおぎ」にて「味噌煮込みうどん」。夜は、酔狂亭にて鶏のから揚げ、シラスおろし、トンテキ、カツオのたたき。お供は「黒霧島」。

久しぶりに、私のDVDコレクションの「ドキュメンタリー」の中から、2015年10月9日に放送されたBS1の「チヤフラフスカもう一つの肖像ー知られざる激動の人生」を見た。私の年代の者は、彼女の名前は懐かしい。東京オリンピックにチェコの体操選手として来日し、三つの金メダルを獲得した。その美しさと演技力から「オリンピックの名花」とも言われた。その後のメキシコオリンピックでは、最終的に跳馬、段違い平行棒、ゆかと個人総合で金メダル、平均台と団体種目で銀メダルと、女子体操の6種目すべてでメダルを獲得した。彼女は1968年のチェコスロバキアの民主化運動(「プラハの春」)の支持を表明して「二千語宣言」に署名しており、同年8月のワルシャワ条約機構による軍事介入、プラハ侵攻によって身を隠さざるを得なかったのである。その「激動」の人生を追ったドキュメンタリーで、とても良い番組である。

ソ連を中心としたワルシャワ機構軍のプラハ進行に対して、多くの国が非難をしたが、当時は社会主義運動の全盛期で、我が国においても社会主義者の第一人者であった向坂逸郎(さきさか いつろう、1897年2月6日 - 1985年1月22日)などが。1960年代後半からソ連などの社会主義国に急速に接近し、チェコスロバキア侵攻(1968年)やアフガニスタン侵攻(1980年)を支持した。雑誌のインタビューでは、「プロレタリア独裁の下では政府に反対する言論表現の自由は絶対にない。日本に社会主義政権が誕生すれば、非武装中立を見直す」と、社会主義政権下での言論の自由を否定するだけでなく、社会党の党是であった護憲・非武装中立政策は資本主義の間だけのことであって、社会党政権になれば直ちに社会主義憲法に改訂、軍備を持ってワルシャワ条約機構に加入する事を示唆する発言をした。(ウイキ)

今なら噴飯物の理論と一蹴されるが、お隣の大統領は、こういった理論の影響を受けている活動家、といった感がある。

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