[あらまし] 飼い犬ジーロ去勢オス14歳9ヶ月慢性腎不全。
[あらまし] 同居母87歳パーキンソン病ヤール4要介護5認知症状少々。
朝6時。
いつもなら介護士さんが来る時間だ。
犬はよく寝ている。
朝6時、昼12時、夕方6時、夜11時と、介護士さんに来てもらっている。
その度に犬は起きて、仕事として吠える。
家の中に他人が毎日頻回に入って来るのは、
ヒトにだってストレスになるが、犬にも相当ストレスだろう。
人は理由や必要性を理解することができるが、
犬にとっては何がなんだか分からないわけだし。
犬も体内リズムが有り、毎朝同じくらいの時間に目を覚ますものだ。
若くて体調の良い頃、飼い犬ジーロとその姉妹犬カバサは
毎朝決まった時間に目を覚まして、ドタンバタンとじゃれ合っていたものだ。
だが、年を取った今、睡眠は不安定になっている。
排尿や排便がすんなりできないせいか、
それとも何かが気になってしかたないのか、
あるいは耳鳴りがしているのか、それともどこか痛いのか、
原因は見ただけだと簡単には判らないが、
夜も昼も、落ち着かずに歩き回ってなかなか寝付かないことが多い。
やっと眠れた時には、起こしたくない。
充分に眠って、目を覚ますまでそっとしておいてやりたい。
※
しかし、介護の手は必要だ。
※
腎不全のため、毎日、自宅で皮下点滴をしている。
月に一度、動物病院に通っている。
食欲が落ちていることと、便の様子や家での様子などを話したところ、
ストレスから胃炎か何かが起きているかもしれない、という診断となった。
薬を処方してもらったら、よく効いて、食べられる量が増えた。
※
「ジーロが家の中で歩いて、後足が弱っているからドターンと倒れたりしている。
それでも歩き回っている。
気持ちがよく分かる。」
と、母が言う。
そうだろうか。
それは、自分の気持ちを犬に投影しているのであって、
犬の気持ちを思い量っているわけではない。
なのに、犬の気持ちが分かったような気になってしまう。
そういう行き違いは、対象が犬の場合でなくても同様に起こる。
犬に自分の気持ちを投影するの人は、それと同じように、
他者に自分の気持ちを投影していそうだ。
そうすることが問題だとは思わないから。
犬のことを知ろうとすることと、
人間同士の他者を知ろうとすることと、
やることは似通っている、と私は考えている。
だから、犬の「気持ち」のようなものを擬人化することはあまり良いことと思えない。
※
他にも、「後足から弱るのね。人間も犬もおんなじねー。」と言うのをよく聞く。
同じわけがない。
体の構造が違う。
もちろん、他愛も無い発言なのだから、別にその場で反論したりはしない。
ただ、飼い主として、世話をする立場として、
あるいは鍼灸師として、どうケアをしたらより良いか考えるために、
自分としては「おんなじ」では済ますことができない。
慎重に考えたい。
※
鍼の全身的な効果は、重心が通ることだと考えている。
人間が直立二足歩行などという無茶な進化をしたから、
重心を通すことは身体にとって非常に重要だ。
重心が何を支えているかと言うと、特に重たい物、
つまり頭だ。
この点については、犬もおんなじだ。
犬の頭も、重い。
飼い犬ジーロは若い頃から、椅子などの上に顎を乗せて休むことが多かった。
かわいい仕草だが、頭が重いのだろうと思う。
犬の場合、身体のプロポーションの違いによって、
頭の重さの負担には個体差が有りそうだ。
ジーロの頭はちょいとバランス的に重いのだろう。
※
犬の重心は、前肢に乗っているのだろう。
後肢は体重を支えるというよりも、体重を落として
重心を後ろに寄せて頭を支えるために地を踏んでいる、という感じなんではないだろうか。
走ったり、跳ねたりする時に後肢はよく働く。
ジーロの姉妹であるカバサは、よく跳ねる犬だった。
よく後肢で立つ犬だった。
仔犬の頃、散歩に行くとあんまりグイグイ引っ張るので、
二足歩行になっていた。
そういう後肢の強い個体もいる。
つまり、こういう犬を見習えば、後肢は強くなる。
ただ、胴長の犬種や大型のある種などは、腰椎に負担が掛かるので
あんまり立たないほうが良いと聞く。
※
動物病院の待合室で、犬雑誌をパラパラと見ていたら、
老犬のためのリハビリのページが有った。
後肢が弱くなるのを防ぐために、こんな運動をさせましょう、
という紹介である。
人が犬を人とおんなじにしていっている。
[あらまし] 同居母87歳パーキンソン病ヤール4要介護5認知症状少々。
朝6時。
いつもなら介護士さんが来る時間だ。
犬はよく寝ている。
朝6時、昼12時、夕方6時、夜11時と、介護士さんに来てもらっている。
その度に犬は起きて、仕事として吠える。
家の中に他人が毎日頻回に入って来るのは、
ヒトにだってストレスになるが、犬にも相当ストレスだろう。
人は理由や必要性を理解することができるが、
犬にとっては何がなんだか分からないわけだし。
犬も体内リズムが有り、毎朝同じくらいの時間に目を覚ますものだ。
若くて体調の良い頃、飼い犬ジーロとその姉妹犬カバサは
毎朝決まった時間に目を覚まして、ドタンバタンとじゃれ合っていたものだ。
だが、年を取った今、睡眠は不安定になっている。
排尿や排便がすんなりできないせいか、
それとも何かが気になってしかたないのか、
あるいは耳鳴りがしているのか、それともどこか痛いのか、
原因は見ただけだと簡単には判らないが、
夜も昼も、落ち着かずに歩き回ってなかなか寝付かないことが多い。
やっと眠れた時には、起こしたくない。
充分に眠って、目を覚ますまでそっとしておいてやりたい。
※
しかし、介護の手は必要だ。
※
腎不全のため、毎日、自宅で皮下点滴をしている。
月に一度、動物病院に通っている。
食欲が落ちていることと、便の様子や家での様子などを話したところ、
ストレスから胃炎か何かが起きているかもしれない、という診断となった。
薬を処方してもらったら、よく効いて、食べられる量が増えた。
※
「ジーロが家の中で歩いて、後足が弱っているからドターンと倒れたりしている。
それでも歩き回っている。
気持ちがよく分かる。」
と、母が言う。
そうだろうか。
それは、自分の気持ちを犬に投影しているのであって、
犬の気持ちを思い量っているわけではない。
なのに、犬の気持ちが分かったような気になってしまう。
そういう行き違いは、対象が犬の場合でなくても同様に起こる。
犬に自分の気持ちを投影するの人は、それと同じように、
他者に自分の気持ちを投影していそうだ。
そうすることが問題だとは思わないから。
犬のことを知ろうとすることと、
人間同士の他者を知ろうとすることと、
やることは似通っている、と私は考えている。
だから、犬の「気持ち」のようなものを擬人化することはあまり良いことと思えない。
※
他にも、「後足から弱るのね。人間も犬もおんなじねー。」と言うのをよく聞く。
同じわけがない。
体の構造が違う。
もちろん、他愛も無い発言なのだから、別にその場で反論したりはしない。
ただ、飼い主として、世話をする立場として、
あるいは鍼灸師として、どうケアをしたらより良いか考えるために、
自分としては「おんなじ」では済ますことができない。
慎重に考えたい。
※
鍼の全身的な効果は、重心が通ることだと考えている。
人間が直立二足歩行などという無茶な進化をしたから、
重心を通すことは身体にとって非常に重要だ。
重心が何を支えているかと言うと、特に重たい物、
つまり頭だ。
この点については、犬もおんなじだ。
犬の頭も、重い。
飼い犬ジーロは若い頃から、椅子などの上に顎を乗せて休むことが多かった。
かわいい仕草だが、頭が重いのだろうと思う。
犬の場合、身体のプロポーションの違いによって、
頭の重さの負担には個体差が有りそうだ。
ジーロの頭はちょいとバランス的に重いのだろう。
※
犬の重心は、前肢に乗っているのだろう。
後肢は体重を支えるというよりも、体重を落として
重心を後ろに寄せて頭を支えるために地を踏んでいる、という感じなんではないだろうか。
走ったり、跳ねたりする時に後肢はよく働く。
ジーロの姉妹であるカバサは、よく跳ねる犬だった。
よく後肢で立つ犬だった。
仔犬の頃、散歩に行くとあんまりグイグイ引っ張るので、
二足歩行になっていた。
そういう後肢の強い個体もいる。
つまり、こういう犬を見習えば、後肢は強くなる。
ただ、胴長の犬種や大型のある種などは、腰椎に負担が掛かるので
あんまり立たないほうが良いと聞く。
※
動物病院の待合室で、犬雑誌をパラパラと見ていたら、
老犬のためのリハビリのページが有った。
後肢が弱くなるのを防ぐために、こんな運動をさせましょう、
という紹介である。
人が犬を人とおんなじにしていっている。
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