犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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こえのゆくえ

2018年09月15日 | 日々
[あらすじ] トイレはなぜ玄関の近くに有るのだろう。
来訪者ににおってしまうではないか。

一日、考えた。
いや、丸々一日中トイレについて考えていたわけではないが。

そもそも、日本の厠という物は、別棟になっていた。
家の裏手にちょこんとそれだけの小屋が建てられていた。
排泄は隔離されていたのだ。

家に取り込まれてからも、隅っこだった。
だいたい、縁側の突き当りに有る。
すぐわきに手水が有る。

川なり井戸なりから汲んで来た水を、手水に運びやすい。
それに何より、糞便は肥しに使う。
甕に溜まった物を、柄杓で汲んで桶で運んで畑に使う。
外から汲み出しやすいように、便所の外壁の地面際には窓が開くようになっている。



思えば、数十年前までは汲み出していた。
下水道ができるまでは、トイレの外に浄化槽というタンクが地中に埋めてあり、
そこに貯まったものを月に一回だか、バキュームカーが汲み取りに来るのだ。

忘れていたなあ。
今でも、下水道の届かない土地では、浄化槽とバキュームカーが活躍している。
また、山中の公衆トイレなどだと、微生物によって排泄物が分解されるような、
以前のような悪臭の出ない仕組みができてきている。
その場で解決ってすばらしい。



下肥を汲み出すにしろ、バキュームカーで汲み取るにしろ、
下水道に繋ぐにしろ、外部に近いほうが都合が良い。
道に面しているほうが合理的である。

道に面していると合理的な物はもう一つ、玄関である。

よって、玄関とトイレは近接する。



というところまでが昨日考えたこと。

他にも理由は有りそうだ。
外国だったり地方だったり時代によって様々なトイレ事情が有りそうだ。
興味は尽きない。

思い出した。
東西トイレ事情ということなら、すばらしい先人がいる。
妹尾河童さんの本を読んでみよう。

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