うつ病になる人は向上心が有るんです。なんてなことをよく言う。
より良くしたい、でも思うようにはならない。
その葛藤に絡め取られて先が見えなくなると、鬱が忍び寄る。
※
閑話
いきなり話が逸れるけれど、
「葛藤」と変換して漢字をつくづく眺めると、
葛と藤ですな。
葛はクズではなくカツラだろう。蔓草のことだ。
以前、友人の家の外壁に、藤が絡んでいたので、
良かれと思って、取った。
藤蔓はわづかな板の隙間から家の中に侵入し、柱に絡み付いていた。
隙間に入った蔓は成長して太くなり、隙間を広げていた。
その隙間から雨が入る。
雨が柱を濡らし、材が朽ちる。
朽ちた柱の代わりに、柱に絡みついた藤が家の支えとなっていた。
おそろしい。
家はいつの間にか藤に入れ替わっていたのだ。
その藤を私が切って取ってしまったのだから、
家はもう、ボロボロ。
※
閑話休題
向上心が有るのはよろしいが、思うようにいかないという所にはまり込み過ぎると
鬱状態に落ち込んでしまう。
という話だった。
数年前、私はしあわせだ、と感じていた。
ブログにも書いた記憶が有る。
父が死んで、母一人になった家に私は戻った。
それまでの数年間は、子どもが二人いる女性と同居していた。
その家庭での生活やその女性との関係も行き詰ってしまっていて、
私は逃げ出すように実家に戻ったというところだ。
家族を持とうという闘いも棄て、
仕事は鍼灸師としてぼちぼちやって、
音楽は遊びのバンドと友達との練習程度。
この、ぬるま湯の生活で、私はしあわせと感じた。
まさに、向上心など無くしていたからこそ感じたしあわせと言えるように思う。
※
一ヶ月ほど前に、これから売り出そうという歌手の美里ウィンチェスターさんの
レコーディングに呼んでもらえた。
久々の演奏の仕事に尻込みしたが、
やればやったでなんとかできることも自分で分かっていた。
やってみたら、音楽への意欲がムラムラと上がった。
そして、音楽活動ができていないことに対しての不満がグイグイと強くなった。
今の生活への不満、つまり、今自分はちっともしあわせではない、と感じたのだ。
数年前の「しあわせ」は、「何も望まない」から感じていたものだと
あらためて思った。
※
葛藤に絡め取られて、いつの間にか本体と入れ替わられていて、
やりたいことではなく煩悶が自分の実体のようになってしまうのはごめんだ。
自分の人生を生きたい。
自分のやりたいことをやろうという気持ちが、鬱を惹き起こすようなものではなく、
健全に働いて意欲が湧くためには、
自分のやったことが正当に評価されたり、報酬が入ったりすることが必要なのだろう。
今回、美里ちゃんのレコーディングで、私はそういった報いを得た気持ちになれたのだと思う。
[あらまし] 同居母86歳要介護2パーキンソン病認知症状少々。
そういう思いが湧くのと、
母の介護度の変更申請をするのとは、ほぼ同時進行であった。
今の生活では、毎日、トイレ掃除床掃除同じ話の繰り返しに精神を取られる。
家から出たらダーダーと涙が流れることがしばしば有った。
このままだと私の人生の柱が藤蔓に取って変わられてしまう。
そんな気持ちが募るタイミングでのレコーディングだった。
ああ助かった。
※
一ヶ月前に、介護度の変更申請をした。
ケアマネさんに相談し、介護担当者たちの意見を聞き、医師に相談し、
調査員さんが来て、
さて、どうなりますやら。
より良くしたい、でも思うようにはならない。
その葛藤に絡め取られて先が見えなくなると、鬱が忍び寄る。
※
閑話
いきなり話が逸れるけれど、
「葛藤」と変換して漢字をつくづく眺めると、
葛と藤ですな。
葛はクズではなくカツラだろう。蔓草のことだ。
以前、友人の家の外壁に、藤が絡んでいたので、
良かれと思って、取った。
藤蔓はわづかな板の隙間から家の中に侵入し、柱に絡み付いていた。
隙間に入った蔓は成長して太くなり、隙間を広げていた。
その隙間から雨が入る。
雨が柱を濡らし、材が朽ちる。
朽ちた柱の代わりに、柱に絡みついた藤が家の支えとなっていた。
おそろしい。
家はいつの間にか藤に入れ替わっていたのだ。
その藤を私が切って取ってしまったのだから、
家はもう、ボロボロ。
※
閑話休題
向上心が有るのはよろしいが、思うようにいかないという所にはまり込み過ぎると
鬱状態に落ち込んでしまう。
という話だった。
数年前、私はしあわせだ、と感じていた。
ブログにも書いた記憶が有る。
父が死んで、母一人になった家に私は戻った。
それまでの数年間は、子どもが二人いる女性と同居していた。
その家庭での生活やその女性との関係も行き詰ってしまっていて、
私は逃げ出すように実家に戻ったというところだ。
家族を持とうという闘いも棄て、
仕事は鍼灸師としてぼちぼちやって、
音楽は遊びのバンドと友達との練習程度。
この、ぬるま湯の生活で、私はしあわせと感じた。
まさに、向上心など無くしていたからこそ感じたしあわせと言えるように思う。
※
一ヶ月ほど前に、これから売り出そうという歌手の美里ウィンチェスターさんの
レコーディングに呼んでもらえた。
久々の演奏の仕事に尻込みしたが、
やればやったでなんとかできることも自分で分かっていた。
やってみたら、音楽への意欲がムラムラと上がった。
そして、音楽活動ができていないことに対しての不満がグイグイと強くなった。
今の生活への不満、つまり、今自分はちっともしあわせではない、と感じたのだ。
数年前の「しあわせ」は、「何も望まない」から感じていたものだと
あらためて思った。
※
葛藤に絡め取られて、いつの間にか本体と入れ替わられていて、
やりたいことではなく煩悶が自分の実体のようになってしまうのはごめんだ。
自分の人生を生きたい。
自分のやりたいことをやろうという気持ちが、鬱を惹き起こすようなものではなく、
健全に働いて意欲が湧くためには、
自分のやったことが正当に評価されたり、報酬が入ったりすることが必要なのだろう。
今回、美里ちゃんのレコーディングで、私はそういった報いを得た気持ちになれたのだと思う。
[あらまし] 同居母86歳要介護2パーキンソン病認知症状少々。
そういう思いが湧くのと、
母の介護度の変更申請をするのとは、ほぼ同時進行であった。
今の生活では、毎日、トイレ掃除床掃除同じ話の繰り返しに精神を取られる。
家から出たらダーダーと涙が流れることがしばしば有った。
このままだと私の人生の柱が藤蔓に取って変わられてしまう。
そんな気持ちが募るタイミングでのレコーディングだった。
ああ助かった。
※
一ヶ月前に、介護度の変更申請をした。
ケアマネさんに相談し、介護担当者たちの意見を聞き、医師に相談し、
調査員さんが来て、
さて、どうなりますやら。
リリースされたら書きます。