[あらまし] 同居母86歳要介護2パーキンソン病認知症状少々。
何年か前、母は週に1回、介護老人保健施設のデイサービスでの
リハビリに通っていた。
いくつかのリハビリのうちの一つに、こういう動作が有った。
ベッドに仰向けに横になる。
両側に杭が出ていて、輪っかが10個入っている。
その輪っかを、右から左へ移し、それが終わったらまた
左から右へ移す。
寝返りを打つような要領である。
これを母は、「シベリア抑留」と呼んでいた。
シベリアに抑留された日本兵は、凍土において
穴を掘り、その穴を埋め戻し、また掘り、また埋め戻し、
という作業をさせられていた、という。
移した輪っかをまた元に戻す。
そのむなしさを喩えたわけだ。
※
いやいや。無駄じゃないから。強制労働じゃないから。
リハビリになっているのですから!
※
台所の食卓が、母の主な居場所になっている。
その食卓の上に、書類や手紙などを山のように広げて、
「整理」をするのが毎日の仕事だ。
実際、別室の押し入れの中には、何年分ものものすごい量の書類が入っている。
もともと青色申告するでもないのに、なぜレシート類を保管しているのか、
私には意味が分からない。
必要無いものも有るものもデタラメに「整理」されているので、
私はもう諦めて、押し入れに詰め込んだ。
保険を解約する時も「証書は見つかりません」とハナから言った。
近いうちに、まとめて棄てるつもりだ。
そのうちほんの一部分を、一年あまり前だったかに、母の居場所の横に置いた。
「整理」すれば良いだろう、と考えたのだ。
それで、「この前の年の書類が見たい」などと言い出したら、
適当に別のひと袋を出して渡せばいいだろう、などと考えた。
図に当たって、母は日々「整理」している。
こっちの箱に入れてあった書類を出して、そっちの棚に入れ、
そっちの箱に入れてあった書類を出して、こっちの箱に入れ、
ということを繰り返している。
しかし10月頃だったか、
「こっちの物をそっちにやって、そっちの物をこっちにやる、っていうことの
繰り返しをしているだけだ、って気付いたの。」と言う。
おお、気付いたか。
というか、今まで気付かずにやっていたのか。
いや、気付いては忘れの繰り返しだったのかもしれない。
というのも、「気付いた」と晴明に言った後も、
その「整理」を繰り返しているのだ。
※
それにしても、今回は書類が食卓の上に乗っている期間が長い。
12月末からずっとだ。3週間以上経つ。
食卓の上に書類を山のように積んで、
その上で食事もする。
書類は食べこぼしで次第に汚れていく。
それでも片付けない。
ちょっと前までは、数日ごとに食卓の上は片付いて
箱や棚にしまわれていた。
この頃ちょいと様子が違うようだ。
※
古紙回収に出す紙を入れる箱の中に、
宅食のチラシが見える。
出して見てみると、最後のページの【注文用紙】が切り取ってある。
もしや!?
注文してしまったか?
以前、どら焼きなどのお菓子や食品を合わせて4万円ほど注文してしまったことが有ったさ。
その後、宅食会社に電話して、本人からの注文を受けないで欲しいと言っておこうと思ったのに、
やっていない。しまった。
切り取った箇所の横に、「注文用紙を配達員にお渡しください。」と書いてある。
今日、母は配達員に会っただろうか?
玄関の隅に、お弁当を受け取るための発泡スチロールの箱が置いてある。
蓋を開けて見てみると、今日の分の弁当はまだ入っている。
ホ。多分、配達員さんに会ってはいないだろう。
念のため、おそるおそる本人に聞いてみる。
「紙のところにー宅食のチラシが入っててー注文用紙が切り取ってあるけどー
注文、してない、よ、ね??」
「注文してません。」
ああ、良かった。
「注文ごっこ、してたの。
品名にチェック入れて、値段を書いて、計算して。
計算もこの頃できなくなってきているから。」
それは良い遊びをしたね。
※
本人の言うのを信じるなら、ごっこで練習をしていただけのようだ。
書類の山が山なので、切り取った注文用紙はパッとは見当たらない。
練習に飽き足りて、本番したくなりません、よう、に。
何年か前、母は週に1回、介護老人保健施設のデイサービスでの
リハビリに通っていた。
いくつかのリハビリのうちの一つに、こういう動作が有った。
ベッドに仰向けに横になる。
両側に杭が出ていて、輪っかが10個入っている。
その輪っかを、右から左へ移し、それが終わったらまた
左から右へ移す。
寝返りを打つような要領である。
これを母は、「シベリア抑留」と呼んでいた。
シベリアに抑留された日本兵は、凍土において
穴を掘り、その穴を埋め戻し、また掘り、また埋め戻し、
という作業をさせられていた、という。
移した輪っかをまた元に戻す。
そのむなしさを喩えたわけだ。
※
いやいや。無駄じゃないから。強制労働じゃないから。
リハビリになっているのですから!
※
台所の食卓が、母の主な居場所になっている。
その食卓の上に、書類や手紙などを山のように広げて、
「整理」をするのが毎日の仕事だ。
実際、別室の押し入れの中には、何年分ものものすごい量の書類が入っている。
もともと青色申告するでもないのに、なぜレシート類を保管しているのか、
私には意味が分からない。
必要無いものも有るものもデタラメに「整理」されているので、
私はもう諦めて、押し入れに詰め込んだ。
保険を解約する時も「証書は見つかりません」とハナから言った。
近いうちに、まとめて棄てるつもりだ。
そのうちほんの一部分を、一年あまり前だったかに、母の居場所の横に置いた。
「整理」すれば良いだろう、と考えたのだ。
それで、「この前の年の書類が見たい」などと言い出したら、
適当に別のひと袋を出して渡せばいいだろう、などと考えた。
図に当たって、母は日々「整理」している。
こっちの箱に入れてあった書類を出して、そっちの棚に入れ、
そっちの箱に入れてあった書類を出して、こっちの箱に入れ、
ということを繰り返している。
しかし10月頃だったか、
「こっちの物をそっちにやって、そっちの物をこっちにやる、っていうことの
繰り返しをしているだけだ、って気付いたの。」と言う。
おお、気付いたか。
というか、今まで気付かずにやっていたのか。
いや、気付いては忘れの繰り返しだったのかもしれない。
というのも、「気付いた」と晴明に言った後も、
その「整理」を繰り返しているのだ。
※
それにしても、今回は書類が食卓の上に乗っている期間が長い。
12月末からずっとだ。3週間以上経つ。
食卓の上に書類を山のように積んで、
その上で食事もする。
書類は食べこぼしで次第に汚れていく。
それでも片付けない。
ちょっと前までは、数日ごとに食卓の上は片付いて
箱や棚にしまわれていた。
この頃ちょいと様子が違うようだ。
※
古紙回収に出す紙を入れる箱の中に、
宅食のチラシが見える。
出して見てみると、最後のページの【注文用紙】が切り取ってある。
もしや!?
注文してしまったか?
以前、どら焼きなどのお菓子や食品を合わせて4万円ほど注文してしまったことが有ったさ。
その後、宅食会社に電話して、本人からの注文を受けないで欲しいと言っておこうと思ったのに、
やっていない。しまった。
切り取った箇所の横に、「注文用紙を配達員にお渡しください。」と書いてある。
今日、母は配達員に会っただろうか?
玄関の隅に、お弁当を受け取るための発泡スチロールの箱が置いてある。
蓋を開けて見てみると、今日の分の弁当はまだ入っている。
ホ。多分、配達員さんに会ってはいないだろう。
念のため、おそるおそる本人に聞いてみる。
「紙のところにー宅食のチラシが入っててー注文用紙が切り取ってあるけどー
注文、してない、よ、ね??」
「注文してません。」
ああ、良かった。
「注文ごっこ、してたの。
品名にチェック入れて、値段を書いて、計算して。
計算もこの頃できなくなってきているから。」
それは良い遊びをしたね。
※
本人の言うのを信じるなら、ごっこで練習をしていただけのようだ。
書類の山が山なので、切り取った注文用紙はパッとは見当たらない。
練習に飽き足りて、本番したくなりません、よう、に。