二番目の出しもの『仮名手本忠臣蔵』は、暮れから正月にかけての定番、ご存じ四十七士仇討ちの物語。その日の出しものは、全11段ある長い長い『仮名手本忠臣蔵』の「七段目」、祇園は一力茶屋の物語である。つまり、仇討の本心をカムフラージュするために、由良之助が茶屋で遊びほうける場面である。
これまた、仇討ちばなしの中に「お軽堪平」の話が絡むのでややこしい。そして「お軽堪平」の物語を知らない人は何が何だかわからないのであろうが、江戸庶民は四十七士の仇討ちと同様に、このお軽と堪平の悲話を知りつくしていたので、この芝居をより楽しく、またより哀しく味わったのであろう。
由良之助(幸四郎)がカムフラージュの遊びの合間に、ひそかに届けられた密書(それは敵の情報を知らせるもの)を読んでいると、遊女として一力茶屋で働くお軽(芝雀)が、隣の二階の部屋から鏡に映して盗み読む。それを察知した由良之助は、お軽を身請けすることにする。しかも三日で自由にしてやるというので、お軽はやがて恋しい堪平に会えると喜ぶ。
そこえ現れたのがお軽の実兄平右衛門(吉右衛門)。二人は再会を喜ぶが、一部始終を聞いた平右衛門は、由良之助が密書を読まれたお軽を身請けして殺害すると察し、それならお軽を自分の手で討とうとする。そして、実は父も堪平も死んだのだと告げるとお軽は、「もはや生きる望みなし、どうせなら兄者の手柄になるように…」と兄の手にかかろうとする。
平右衛門は足軽だが、何とか仇討ちの仲間に入れてもらいたいと由良之助に願いを出し続けていたのだ。お軽は、家と旦那堪平のために身を売り遊女として勤めてきたのに、今や生きる望みはすべて消え去り死を選ぼうとしたのだ。
もちろんここは由良之助が登場して全てうまくさばくのであるが、この歌舞伎も、家や主人のために身を売る女の悲哀、兄との兄妹の情、それに主君の仇討に最善の生き方を求める忠義の心…、これらが絡み合って江戸市民の心を揺さぶり続けたのであろう。
最後の出しもの『釣女』(狂言を素材にした30分もの)を含め、5時間近い大観劇であった。しかし、途中35分の夕食休憩も座席で食事をとることができ、酒を飲んでる人もいた。そこが庶民文化として発展してきた歌舞伎の良さでもあろう。大満足の一日でした。
わが庭に咲くさざんか