この旅でわれわれは単に食ったり飲んだりしていたわけではない。それぞれの地の多くの文化に触れた。特にその文学について。
大分空港から臼杵に向かう途中、先ず別府サービスエリアから別府湾を遠望…、眼下に広がる別府市街を眺めながら、有名旅館『赤銅御殿』にまつわる柳原白蓮(歌人、大正の三美人)と伊藤伝右衛門(筑豊の炭鉱王)と宮崎隆介(左翼活動家)の恋物語に思いを馳せた。
別府湾、別府市街から高崎山を望む
臼杵では野上弥生子記念館を訪れ、その99年の生涯と豊富な資料に触れ、夏目漱石など多くの作家や文化人との交流をしのんだ。弥生子の実家は造り酒屋であり、そこで利き酒もさせてもらったが。
弥生子の生家小手川酒造株式会社
飯田高原には川端康成をしのぶ碑がある。川端は昭和27年と28年にこの地を訪れ、名作『千羽鶴』の続編『波千鳥』を書いた。それを記念する碑であるが、中央のスェーデン産の黒御影石に「雪月花の時 最も友を思う 康成」と書いてある。ノーベル賞受賞記念講演「美しい日本の私」の中の言葉である。
文学をしのぶ圧巻は、阿蘇草千里で三好達治の詩『大阿蘇』を朗読したことである。折しも小雨が降りそそいだが、それは最高の舞台となった。
大 阿 蘇
雨の中に馬がたっている
一頭二頭仔馬をまじえた馬の群が 雨の中にたっている
雨は蕭々(しょうしょう)と降っている
馬は草を食べている
尻尾も背中も鬣(たてがみ)も ぐっしょり濡れそぼって
彼らは草を食べている
あるものはまた草もたべずに
きょとんとしてうなじを垂れてたっている
雨は蕭々と降っている
山は煙をあげている
中嶽の頂から うすら黄ろい
重っ苦しい噴煙が濛々(もうもう)とあがっている
空いちめんの雨雲と やがてそれはけじめもなしにつづいている
馬は草を食べている
草千里浜のとある丘の
雨にあらわれた青草を 彼らはいっしんに食べている
たべている
彼らはそこにみんな静かにたっている
ぐっしょりと雨に濡れていつまでもひとつところに
彼らは静かにあつまっている
もし百年が この一瞬の間にたったとしても
何の不思議もないだろう
雨が降っている 雨が降っている
雨は蕭々と降っている
草千里と、噴煙ならぬ雨雲のかぶさる中岳を望み『大阿蘇』を朗読