12/20(日) 18:01配信
婦人公論.jp
今年8月以降、自殺者数が前年に比べて増加しているというニュースが飛び込んできた。また、有名人の自死も相次ぎ、その連鎖が心配される。自分の携帯電話番号を公開し、「いのっちの電話」という相談活動を10年続けている坂口恭平さんと、精神科医の斎藤環さんが、語り合った
】「これは仕事でも、人助けという感覚でもない」
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◆1日に100人の相談が
斎藤 8月以降、自殺者が増え続け、特に女性の増加率はこれまでにない急カーブを描いています。コロナの影響でひきこもる生活が長引き、虐待やDVの件数が増えている。家庭内の「密」な状況が女性の自殺に影響を及ぼしている可能性もあると思います。恭平さんは自殺防止の電話相談を個人で続けていますが、男女比はどうですか。
坂口 コロナ以前からですが、電話をくれる8割は女性です。そのうち3割ぐらいはDVや身内での性被害の問題がからんでいる。それぐらい「家庭」が危険な場所になっています。今も、家族から性暴力を受けながら実質的な軟禁状態にされている女性の相談を受けているところです。
斎藤 それは深刻ですね。またコロナによる閉塞感に加えて有名人が相次いで亡くなり、この連鎖が一種の空気になって死に近づいている感もある。日本のマスコミが自殺報道に関するガイドラインをなかなか守らないこともあり、報道で他者の死のストーリーにひきつけられるケースも多い。
坂口 8月に出した本のカバーに、「いのっちの電話」の番号を大きく入れたんです。そうしたら1日約100件の電話が1週間ぐらい続きました。今は少し落ち着き、日に40~50件になりましたが。
斎藤 それをすべて一人で受けられるわけですね。
坂口 でもキャパシティとしては、まだ余裕があります。そもそも、本家の「いのちの電話」とか行政の相談ダイヤルになかなか電話がつながらないのが問題なんですよ。僕の「いのっちの電話」は、その時に出られなくても後で折り返しますから、必ずつながる。実は自殺って、社会問題が原因というより、相談できる相手がいないことが大きいと思うんです。今は受け皿の質を上げなければいけない時なのに、それ自体がない。
斎藤 たしかに「いのちの電話」はスタッフの高齢化が進み、相談員不足で非常につながりにくいですね。相談員はマニュアル化した研修を受けて何とか自殺を思いとどまらせようとするけれど、それではなかなか解決しないため、相談者はリピーターが多い。それでさらにつながりにくくなっている側面もあります。もちろん恭平さんの電話にもリピーターは多いと思いますが。相談は一人当たりの時間を区切って対応なさっているのですか。
坂口 いや、必要であれば2時間でもしゃべります。ただ、だいたいわかるんですよ。「もういいよね」と聞くと、「はい」って。なぜなら、僕は一生これを続けるつもりで、それを公言しているんです。電話を切っても、必要ならまたかけてくれば必ず僕につながるわけですから。
斎藤 そこが違うのですね。毎回違う匿名の相談員が相手だと、つながった電話にしがみついてしまうこともあるでしょうし。
「自殺をしない、させない」坂口恭平が〈いのっちの電話〉で2万人の声を聞く理由
12/20(日) 18:01配信
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左から坂口恭平さん、斎藤環さん(撮影:木村直軌)
今年8月以降、自殺者数が前年に比べて増加しているというニュースが飛び込んできた。また、有名人の自死も相次ぎ、その連鎖が心配される。自分の携帯電話番号を公開し、「いのっちの電話」という相談活動を10年続けている坂口恭平さんと、精神科医の斎藤環さんが、語り合った(構成=古川美穂 撮影=木村直軌)
【写真】「これは仕事でも、人助けという感覚でもない」
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◆1日に100人の相談が
斎藤 8月以降、自殺者が増え続け、特に女性の増加率はこれまでにない急カーブを描いています。コロナの影響でひきこもる生活が長引き、虐待やDVの件数が増えている。家庭内の「密」な状況が女性の自殺に影響を及ぼしている可能性もあると思います。恭平さんは自殺防止の電話相談を個人で続けていますが、男女比はどうですか。
坂口 コロナ以前からですが、電話をくれる8割は女性です。そのうち3割ぐらいはDVや身内での性被害の問題がからんでいる。それぐらい「家庭」が危険な場所になっています。今も、家族から性暴力を受けながら実質的な軟禁状態にされている女性の相談を受けているところです。
斎藤 それは深刻ですね。またコロナによる閉塞感に加えて有名人が相次いで亡くなり、この連鎖が一種の空気になって死に近づいている感もある。日本のマスコミが自殺報道に関するガイドラインをなかなか守らないこともあり、報道で他者の死のストーリーにひきつけられるケースも多い。
坂口 8月に出した本のカバーに、「いのっちの電話」の番号を大きく入れたんです。そうしたら1日約100件の電話が1週間ぐらい続きました。今は少し落ち着き、日に40~50件になりましたが。
斎藤 それをすべて一人で受けられるわけですね。
坂口 でもキャパシティとしては、まだ余裕があります。そもそも、本家の「いのちの電話」とか行政の相談ダイヤルになかなか電話がつながらないのが問題なんですよ。僕の「いのっちの電話」は、その時に出られなくても後で折り返しますから、必ずつながる。実は自殺って、社会問題が原因というより、相談できる相手がいないことが大きいと思うんです。今は受け皿の質を上げなければいけない時なのに、それ自体がない。
斎藤 たしかに「いのちの電話」はスタッフの高齢化が進み、相談員不足で非常につながりにくいですね。相談員はマニュアル化した研修を受けて何とか自殺を思いとどまらせようとするけれど、それではなかなか解決しないため、相談者はリピーターが多い。それでさらにつながりにくくなっている側面もあります。もちろん恭平さんの電話にもリピーターは多いと思いますが。相談は一人当たりの時間を区切って対応なさっているのですか。
坂口 いや、必要であれば2時間でもしゃべります。ただ、だいたいわかるんですよ。「もういいよね」と聞くと、「はい」って。なぜなら、僕は一生これを続けるつもりで、それを公言しているんです。電話を切っても、必要ならまたかけてくれば必ず僕につながるわけですから。
斎藤 そこが違うのですね。毎回違う匿名の相談員が相手だと、つながった電話にしがみついてしまうこともあるでしょうし。
◆今すぐ文章を書きなさい。書き方は教えるよ
坂口 長い付き合いの人もいます。たとえば19歳の時、首に縄をかけた状態で電話してきた子がいた。死にたくないから電話したけど、体は死ぬ方向へ動いてしまう、と。そして突然、その子はホロコーストの生き残りの詩人、パウル・ツェランの詩を暗唱し始めたんです。
斎藤 ほう。
坂口 僕は「ちょっと待て。縄をはずせ。重要なことを教えてあげる」と。「お前はただ頭がいいだけだから、今すぐ文章を書きなさい。書き方は教えるよ」と言って。以来、彼はもう1000枚書きました。出版が目的ではなく、ただ書く。送られてくる原稿を僕が読む。今は2作目に取りかかっていて、僕は一生付き合うつもりです。
斎藤 なかなか真似できることではありませんね。最初に「いのっちの電話」を始めたのは、2011年の東日本大震災がきっかけと聞きますが。
坂口 僕は福島第一原発事故の時に不安を感じて、東京から生まれ故郷の熊本に戻った人間です。避難に関する電話相談を受けようと始めたら、いつの間にか心の相談が増えてきた。そんな中で、僕自身がうつになったわけです。電話にも出られず、死にたくなってしまった。
斎藤 恭平さん自身がもともと、長年のあいだ躁うつ病(双極性障害II型)で苦しんでこられましたからね。
坂口 最初は僕も対応が下手で、相手の念みたいなものを全部もらってしまった部分もあるのかもしれません。自分が死にたい気持ちからやっと復活できた時、「死にたい人の声はちゃんと聞かなきゃいけない」と感じました。せっかく原発事故対応の相談で多くの人に電話番号が伝わったのだから、これを使って自分で「いのちの電話」をやろうと思ったんです。
斎藤 しかし「いのちの電話」を名乗って相談を始めたら、実際の「いのちの電話」から商標登録侵害で訴えると警告されたとか。
坂口 はい。それで名前を一文字替えたんです。井ノ原快彦さんとは友達なので、使っても怒られないかなと。(笑)
斎藤 自殺者をゼロにする目標で、相談者に自殺が出たらやめようと思っていたそうですね。
坂口 これまで一人だけ亡くなった方がいました。自殺すると、最後に通話記録がある人のところへ警察から確認の連絡がいくんです。もう完全に心を決めていると感じられる相談者の方がいて、こちらからも連絡を取ろうかと思ったりもしたのですが。昨年正月に警察から僕のところへ、最後の通話者ということで電話が来ました。
斎藤 そうでしたか……。では、その時にやめようと?
坂口 ところが、電話をくれた刑事さんが僕の名前や活動を知っていたんです。所轄内の自殺現場は彼がみんな見ている。そのせいで刑事さん自身もうつ気味になっていて、妻もうつ病だと。「いつか自分も坂口さんに電話するかもしれないから、いのっちの電話はやめないでください」と。じゃあ、わかりましたということで。(笑)
斎藤 警察から頼まれた(笑)。これは珍しい体験ですね。
坂口 救急隊員をしている人からも相談されたことがありますよ。自殺現場へ真っ先に入るのが彼らです。「もう砂袋を持っているのか、人間を持っているのかわからなくなった」と、ビルの上から電話してきた。彼は見事に復活して、今は緊急性の高い相談を受けた時に、彼から助言をもらったりすることもあるぐらいです。
◆土はいろいろなことを教えてくれる
斎藤 恭平さんは自ら躁うつ病であることをカミングアウトしながら、建築、写真、文章、音楽など旺盛な創作活動を続けてきました。2016年に私が日本病跡学会にゲストとしてお呼びしたのが最初の出会いでしたね。
坂口 その1年後、たまたま僕が東京にいた時、今までで一番重いうつ状態になったんです。これはたぶん死ぬかな、というぐらいひどい状態で。見かねた友達が、環先生のところに行ったほうがいいと車で連れて行ってくれて、九死に一生を得ました。あの時は本当に最悪の状態で。
斎藤 そうでしたね。
坂口 熊本ではかかりつけの医師の処方で薬を飲み、それでもだいたい3ヵ月周期ぐらいで躁とうつを繰り返していました。その後、鹿児島の神田橋先生という仙人みたいな方に出会ったのが一つの転機になったんです。
斎藤 シャーマンのようなカリスマ的精神科医ですね。普通の精神科医はだいたい、「軽躁の時には動かず我慢しましょう」と抑えるのですが、神田橋さんは「振り子のように揺れていきなさい、波に身を任せましょう」というようなことを言う方です。
坂口 僕は「窮屈が一番いけません」という神田橋先生の言葉に、すごく救われたんです。それからは窮屈になることを完全に避けているのでストレスがゼロ。そのあと市民農園を借りて畑をやったり、パステル画を描き始めたりしているうちに、コロナをきっかけに病院から足が遠のいて。以来、薬ナシでもうつになっていません。
斎藤 パステル画は毎日描いてすでに100枚以上になり、個展を何度か開いていますよね。畑にも毎日出ている。恭平さんは、「日課」を作って毎日手先や体を動かすことが「死にたくならない一番の薬」だと著書などにも書いていますが、まさにそれを実践している。
坂口 その通りです。特に畑との出会いは大きかった。結局、悩みの基本は人間関係です。人とかかわるから、躁だ、うつだと言われる。でも人を避けたら孤独になると思った時に、畑と出会ったんです。土の中には数億の微生物がいて、畑には昆虫も野良猫もやってくる。人間以外の生物とのコミュニケーションが豊かなので、人と会わなくても孤独感はありません。
今も毎日畑に行きますが、土は本当にいろいろなことを教えてくれる。「病気が治る、治らないではなく、自分なりの健康体というものをイメージしなさい」と土が言うんです。今日でうつが明けて400日目ですが、こんなことは今までの人生で初めて。
斎藤 現在の医学では、双極性障害は良くはなるけれど、寛解するのは本当に難しいとされています。きれいに終結したという論文はほとんど読んだことがありません。しかし恭平さんは治ったと感じているのですよね。
坂口 今の実感では完治です。というか、違う段階に入ったと思う。今も躁うつの波はあるんですよ。でもその時の状態によって、休憩したり、水を飲んだり、体の動きを合わせることで、普通に日常生活を送ることができる。躁のエネルギーは、やり方によっては非常に有益に使えますし。
斎藤 躁うつ病は気分障害なので、治療は気分を平坦にするしかないと普通の医者は考えます。安定剤を使い、「低め安定」にエネルギーを削ぐ方向です。恭平さんのように躁うつのエネルギーをうまく流すというか、発揮する方法を自分で開発しようとした人は前例がありません。
坂口 ある時、親友が「君は治るよ」と言ってくれたことがあって、この言葉にもすごく背中を押されました。だから「治る」という感覚を、頼むからみんな持っておこうよと言いたいんです。
斎藤 医者自身も、双極性障害や統合失調症は完治しないと思い込んでいるところがあります。初診で「一生付き合っていく病気なので頑張りましょう」と言うことが患者への親切だと。しかしそうした既成概念にとらわれすぎないことも大切ですね。恭平さんの開発した方法は、治るという方向に道を開いたかもしれません。
◆「治療はオーダーメイドだ」
坂口 実は僕、一度医者になってみたいのです。医師免許なしで医者になる方法ってないですか。
斎藤 医者は制約が多いから、つまらないですよ(笑)。今のままのほうが面白いでしょう。
坂口 そうですか。
斎藤 2万人もの相談を受けている実績があるし、結果も把握しながら進めているから、すでに通常の精神療法の活動とそんなに変わらないですよ。セルフケアで躁うつから脱却しつつある事実も強力だし。こういうケースが一例でもあれば、それはエビデンス(科学的根拠)になる。方法論としてもけっこう良いと思います。
坂口 ありがとうございます。
斎藤 しかし重い話ばかり聞いていると、二次受傷といって相手の心の傷がこちらにも移ってくる。そのケアが必要というのが臨床の常識です。一人でこれだけ多くの相談をどうやって潰れずにこなしていけるのか、本当に不思議で。
坂口 どうやってと説明するのは難しいですが、僕が「いのっちの電話」に喜びを見出しているからかもしれません。これは仕事でも、人助けという感覚でもない。その人の話し相手として存在できている喜び、ぐらいの感じですかね。とにかくその人が一番楽しいと思うことを話すようにしています。
斎藤 たとえば、どんな?
坂口 この前、末期がんのおばあちゃんから電話が来て、寂しくてしょうがないと。じゃあ今すぐ叶えてあげるから、何か願いを教えてと訊いたら、「星に願いを」を歌ってくれというのです。その歌は知らないけど、即興アカペラで「星に願いを~、夢見る虫は~、葉の上で~まどろんでいる~故郷の夢~」という感じで(笑)。おばあちゃん、泣いていました。だから単純に、最高の贅沢を味わってもらっているつもりなんですよ、僕は芸人だから。
斎藤 相談と考えると重いけれど、実は創造行為だと。
坂口 エンタテインメントですね。エンタメという言葉は軽く使われがちですが、語源はラテン語で「帰りたくなくなるほど歓待する」という意味。それを提供することを心掛けています。みんなすぐケアとかヘルプの状態を考えるけど、僕の行為はどちらかというとディズニーランド寄りなんです。
斎藤 ああ、なるほど。
◆他人の風を入れることが大事
坂口 『婦人公論』の読者で自殺したい人も、迷わず僕に電話をしてほしい。今は介護で困っている人がむっちゃ多いんですよね。
斎藤 そういう人には、どんな応対をするんですか。
坂口 たとえば化粧して、一番いい下着を着てもらう。それで電話で遠隔操作してデパートに行き、気に入った布を探してもらうんです。それから僕が見つけた可愛いコートを簡単に作れるサイトのリンクを送って、その人に似合うコートを自分で作ってもらうとか。
斎藤 それも恭平さんのいう「手首から先の運動」ですね。
坂口 はい。五感を使うのも大事だから、香水なんかもよく買いに行きますよ。デパートに行って匂いをチェックしてもらいながら、電話で「どれが好きですか」って。
斎藤 お話を聞いていると、催眠療法で知られる天才的な精神療法家のミルトン・エリクソンという人を思い出します。彼は「治療はオーダーメイドだ」と言っていました。一人一人違うことをすると。そもそも、自分の状況についてぐるぐると内省的に考える「反復」が、うつを悪化させます。いかに反復をやめるかが大事なのですが、そのために有効なのが、まさに恭平さんがやっている、「人とつながる」ことなのです。つながっている間は強制的に気が逸らされますから。
坂口 要は他人の風を入れることが大事なんです。連絡を取れる人がいれば取ったほうがいいし、いなければ僕に電話してほしい。
斎藤 お話を聞いたり、SNSでの活動を見ていると、恭平さんだからこそできるというところはたくさんある。でも同時に、自分も真似ができそうに思えてくる部分もあって、そこが面白いですね。
坂口 僕のしていることに一般性があり、環先生がそこに法則を見出してくださるなら、いつでも僕は実験台になります。
斎藤 一般性はじゅうぶんあると思いますよ。
坂口 「いのっちの電話」では、当てずっぽうをやったことは一度もないつもりです。これが何なのか、自分自身もまだわかっていない。でも僕が天才だからとか、共感性が高いからということじゃない。これは経験と技術なんです。そういう意味ではピアニストとかエンジニア、大工さんに近い。
斎藤 つながらなかった電話を折り返すとか、共感性に頼らない支援、支援を楽しむ方法論など、けっこう一般化、法則化ができる部分はあると思います。支援の現場では往々にして深刻になりすぎ、そのムードが二次受傷を生んでいる場合もある。そこに風穴を開けることには意義があります。もし恭平さんみたいな人が10人出てきたら、日本の自殺対策の状況はずいぶん違ってくるでしょう。
坂口 活動のベースはジョイ、喜びと幸福です。だから幸福とは何か、僕なりの幸福論をちゃんと書きたいと思っているところです。
斎藤環,坂口恭平