4/11(月) 17:02配信
現代ビジネス
アインシュタイン[Photo by gettyimages]
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ロシアのウクライナ侵攻には、多くの人が衝撃を受けた。なぜ、この21世紀に侵略戦争をする必要があるのか。戦争は止められなかったのか。その後も現地から届くニュースによって、わたしたちは戦争の悲惨さを目の当たりにしている。
1932年、ナチスの台頭するドイツで書かれ、その後は戦禍の中に埋もれた、世界的な物理学者アインシュタインと、精神分析の大家フロイトとの幻の往復書簡がある。
「戦争を避けるにはどうすればよいか」を考え続けていたアインシュタインは、政治のみで戦争の問題を解決することは難しいと感じ、「人間の衝動に関する深い知識」をもつフロイトに、この問題について手紙で尋ねることにした。そのやりとりが、この幻の往復書簡である。
この二人の手紙をまとめた『ひとはなぜ戦争をするのか』(浅見省吾訳、養老孟司、斎藤環解説、講談社学術文庫)より、アインシュタインがフロイトに向けて書いた手紙(本書前半部分)を全文公開する特別記事。今回は、前編「ウクライナ侵攻の今こそ読むべき、「アインシュタインからの手紙」」に続いて、後編をお届けしたい。
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【写真】アインシュタインが手紙を送った「世界的な知識人」フロイト
人間の心には、平和への努力に抗う力が働いている
19世紀末に開発され、20世紀前半まで広く採用されたヴィッカース社の重機関銃。第一次世界大戦前野、ヴィッカース社の役員を勤めていたバジル・ザハロフ(1849-1936)は、いわゆる「死の商人」の代表と見做されている photo by gettyimages
さて、数世紀ものあいだ、国際平和を実現するために、数多くの人が真剣な努力を傾けてきました。しかし、その真撃な努力にもかかわらず、いまだに平和が訪れていません。とすれば、こう考えざるを得ません。
人間の心自体に問題があるのだ。人間の心のなかに、平和への努力に抗う種々の力が働いているのだ。
そうした悪しき力のなかには、誰もが知っているものもあります。
第一に、権力欲。いつの時代でも、国家の指導的な地位にいる者たちは、自分たちの権限が制限されることに強く反対します。
それだけではありません。この権力欲を後押しするグループがいるのです。金銭的な利益を追求し、その活動を押し進めるために、権力にすり寄るグループです。戦争の折に武器を売り、大きな利益を得ようとする人たちが、その典型的な例でしょう。
彼らは、戦争を自分たちに都合のよいチャンスとしか見ません。個人的な利益を増大させ、自分の力を増大させる絶好機としか見ないのです。社会的な配慮に欠け、どんなものを前にしても平然と自分の利益を追求しようとします。数は多くありませんが、強固な意志をもった人たちです。
このようなことがわかっても、それだけで戦争の問題を解き明かせるわけではありません。問題の糸口をつかんだにすぎず、新たな問題が浮かび上がってきます。
なぜ少数の人たちがおびただしい数の国民を動かし、彼らを自分たちの欲望の道具にすることができるのか? 戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに、なぜ彼らは少数の人間の欲望に手を貸すような真似をするのか?
(私は職業軍人たちも「一般の国民」の中に数え入れたいと思っています。軍人たちは国民の大切きわまりないものを守るために必死に戦っているのです。考えてみれば、攻撃が大切なものを守る最善の手段になることもあり得るのです)
即座に思い浮かぶ答えはこうでしょう。少数の権力者たちが学校やマスコミ、そして宗教的な組織すら手中に収め、その力を駆使することで大多数の国民の心を思うがままに操っている!
しかし、こう答えたところで、すべてが明らかになるわけではありません。すぐに新たな問題が突きつけられます。
「憎悪と破壊」という心の病
ダッハウ強制収容所に設置されたガス室。戦後、収容所を解放した米軍兵士による捕虜独兵の即決裁判・処刑事件(ダッハウの虐殺)があったという photo by gettyimages
国民の多くが学校やマスコミの手で煽り立てられ、自分の身を犠牲にしていく――このようなことがどうして起こり得るのだろうか?
答えは一つしか考えられません。人間には本能的な欲求が潜んでいる。憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が!
破壊への衝動は通常のときには心の奥深くに眠っています。特別な事件が起きたときにだけ、表に顔を出すのです。とはいえ、この衝動を呼び覚ますのはそれほど難しくはないと思われます。多くの人が破壊への衝動にたやすく身を委ねてしまうのではないでしょうか。
これこそ、戦争にまつわる複雑な問題の根底に潜む問題です。この問題が重要なのです。人間の衝動に精通している専門家の手を借り、問題を解き明かさねばならないのです。
ここで最後の問いが投げかけられることになります。
人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?
この点についてご注意申し上げておきたいことがあります。私は何も、いわゆる「教養のない人」の心を導けばそれでよいと主張しているのではありません。私の経験に照らしてみると、「教養のない人」よりも「知識人」と言われる人たちのほうが、暗示にかかりやすいと言えます。
「知識人」こそ、大衆操作による暗示にかかり、致命的な行動に走りやすいのです。なぜでしょうか? 彼らは現実を、生の現実を、自分の目と自分の耳で捉えないからです。紙の上の文字、それを頼りに複雑に練り上げられた現実を安直に捉えようとするのです。
国際紛争こそ、人間の攻撃性が露骨な形であらわれる
「人間と人間の争いがもっとも露骨な形であらわれる争い」その言葉は、今も現実だ。2022年4月ウクライナ・ブチャの様子
最後にもう一言、つけくわえます。
ここまで私は国家と国家の戦争、すなわち国際紛争についてだけ言及してきました。もちろん、人間の攻撃性はさまざまなところで、さまざまな姿であらわれるのを十分承知しております。例えば、内戦という形でも攻撃性があらわれるでしょう。事実、かつてはたくさんの宗教的な紛争がありました。現在でも、いろいろな社会的原因から数多くの内戦が勃発しています。また、少数民族が迫害されるときもあります。
しかし、私はあえて国家間の戦争をこの手紙で主題といたしました。国家と国家の争い、残酷きわまりない争い、人間と人間の争いがもっとも露骨な形であらわれる争い――この問題に取り組むのが、一番の近道だと思ったのです。戦争を避けるにはどうすればよいのかを見いだすために!
あなたがいろいろな著作のなかで、この焦眉の問題に対してさまざまな答え(直接的な答えや間接的な答え)を呈示なさっているのは、十分知っております。しかしながら、あなたの最新の知見に照らして、世界の平和という問題に、あらためて集中的に取り組んでいただければ、これほど有り難いことはありません。あなたの言葉がきっかけになり、新しい実り豊かな行動が起こるに違いないのですから。
心からの友愛の念を込めて
アルバート・アインシュタイン
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アインシュタインのこの手紙に、フロイトはどのような返事で答えたのか。『ひとはなぜ戦争をするのか』をご一読になり、ぜひ、ご自身の心で感じとっていただきたい。
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〔アインシュタインの書簡は、『ひとはなぜ戦争をするのか』(浅見省吾訳)による〕