「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・09・06

2007-09-06 08:35:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「平成四年現在ゼネコンとは何かと聞かれても誰も知らない。十人に一人知るかどうか。
 鹿島建設、清水建設、竹中工務店、大成建設などの大工務店がゼネコン(General Contractor)だと言えば、なあんだそれなら知っていると言うが、それは大企業として知っているので、何をする会社かは知らない。土建屋かなと思っても失礼かもしれないと口をつぐむ。
 当らずといえども遠くないのである。清水建設は戦前は清水組といって、明治時代は大工の大棟梁次いで請負師だった。鹿島建設は鹿島組、西松建設は西松組、なかにはいまだに間組、銭高組を名乗っているものもある。何しろ『組』である。その体質は色濃く残っている。
 世の変遷に従って請負師は木造からコンクリートに転じ次第に大きくなったが、途方もなく大きくなったのはやはり高度成長以来である。日本中ビルだらけにした。高速道路だらけにした。
 地あげしてさら地にしなければビルは建たない。地あげするのは別の零細会社だから、ゼネコンには表向き責任がない。恥じない。ばかりか京都も金沢もビル化するのが近代だと思っている。
 昼は何万何千の人を呑吐(どんと)する巨大なビルも夜は人っ子ひとりいない。人が住まない三十階五十階の建物は化物屋敷である。ゼネコンは都民を片道二時間の都外に追放して、日本中を化物屋敷にした。
 ビルばかりではない。ゼネコンは橋梁、ダム、港湾、飛行場まで手がけるに至った。土建の仕事の情報は政治家から出る。政治家はそのプロジェクトをコネあるゼネコンにまかせる。百億の仕事なら一億から五億の礼をするのが相場だと聞く。
 いま政治献金の半ばは土建関係がまかなっているという。ただし閣僚はそれを『私』するわけではない。右から左に乾分(こぶん)に渡さなければ派閥の親分ではいられぬ(田中角栄を思え。好評だった)。県も市も公民館や美術館をしきりに建てている。その情報も政治家の口から出る。そういう構造になっている。それを知りながらマスコミは書かない。
 以上は金の話で、私が言いたいのはそれより文化の話である。トンネル、ダム以下をつくった功を知らないではない。私はこのゼネコンが日本を変貌させたことのほうを言いたいのである。」

 「言いたくない言葉だが、ゼネコンには思想がない、哲学がない。やっぱり『組』である。それがこの日本の街のすべてをつくり、今もつくりつつあるのである。そして建築雑誌はもとより大マスコミにも批評がないのである。」

 (山本夏彦著阿川佐和子編「『夏彦の写真コラム』傑作選2」新潮文庫 所収)
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