今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昭和六十三年秋の文章です。
「昭和六十一年五月私は妻を死なせた。むろん私はよき夫ではなかったし妻もまた『理解なき妻』ではあったけれど、なが年の伴侶というものはまた格別である。ガンが骨にきてそれでも『不思議に命ながらえて』二人だけで二年近く食卓をかこむことができた。
それはいつもどこかに死のかげがさしている尋常でない日々であった。何事もないのがありがたい日々であった。
妻が死んだ今も私は日常の些事は妻のさし図に従っている。それが必ずしもいやでないことは『みれん』のなかにすこしく書いた。」
「『みれん』は少年のころ私が愛読おかなかったシュニッツレル作森鷗外訳の小説の題である。その題だけ借りた。」
(山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫 所収)
「昭和六十一年五月私は妻を死なせた。むろん私はよき夫ではなかったし妻もまた『理解なき妻』ではあったけれど、なが年の伴侶というものはまた格別である。ガンが骨にきてそれでも『不思議に命ながらえて』二人だけで二年近く食卓をかこむことができた。
それはいつもどこかに死のかげがさしている尋常でない日々であった。何事もないのがありがたい日々であった。
妻が死んだ今も私は日常の些事は妻のさし図に従っている。それが必ずしもいやでないことは『みれん』のなかにすこしく書いた。」
「『みれん』は少年のころ私が愛読おかなかったシュニッツレル作森鷗外訳の小説の題である。その題だけ借りた。」
(山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫 所収)