ぽれぽれなるままに
今朝、電話がかかる。
受話器からは、友人の声。このブログでも度々登場の着物美人。
「 今すぐ、テレビつけて、じゃ~ね。bye。」
大変彼女らしい。
テレビをつける。チャンネルを探す。
彼女が教えてくれた番組は多分これと目星を付ける。
吉右衛門丈と山口智充(ぐっさん)の対談がすぐに終わり、金の桐柄文様の新橋演舞場の客席ドアを開ける。
山口智充が客席を歩き、吉右衛門丈相手にフリートーク部分の『沼津』のまねごと。
もちろん「いぃい いいぃ いぃいぃ~」の部分は難しいので触れられない(笑み)
続けて吉右衛門丈が花道で六法をふる。
衣装を着けない弁慶のなんと美しく力強いこと。
そぎ落とされた美しさは、能楽の仕舞のような色香を感じる。
続いて 山口智充が花道にたつ。
左手には何やら原稿を持ったまま。あらあら!ちゃんとしてね、心構えくらいは。
客席から吉右衛門丈が教えておられ、それを見ながら山口智充が懸命に演じる。
まぁまぁまぁ。片足進みが三歩でなく二歩であったとしても、左手がふざけた状態だったとしても、タレントなんだからとほくそ笑む。
テレビが一息つき、家事を済ませた後、友人に電話。
「やはりまともな歌舞伎役者は形ができている場合が多いわね」
と笑う彼女。
九月の秀山祭九月大歌舞伎も、ご主人と泊まりで楽しまれるという。
今も京都に住む彼女。再開は秋、多分女友だち三人。土産話は楽しいものだ。
わたしは芸能の無い国で過ごす苦痛の九月。友人とは雲泥の差だが、・・・これもまた楽し!
問題はそこじゃない。舞台が無い世界では、禁断症状が生じる気がするわたし。
今回も直前に小芝居にでも出かけようかしら。まぁ!おかしい。
秀山祭の演目『沼津』は片岡我當丈じゃないんだ。
我當丈は三月は東京で元気な姿を見たが、六月には大阪で杖をつく姿を見かけた。
大丈夫なのだろうか。我當丈は秀山祭に名を連ねない。
まだ わたしは彼の『近頃河原達引』をライブで観てない。
何かにつけ、気ぜわしい今日このごろ・・・。
そろそろ大掃除をして、準備をし始めねば。
やたら、蝉の音が耳につく。
あさっては 京都大文字送り火だ。
盆掲げ 「大」写す神酒 京の夜
ぽれぽれなるままに
八月中旬