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映画「i 新聞記者ドキュメント」:「質問してください」という圧力にどう対峙していくか

菅官房長官VS.東京新聞望月記者。官邸において行われる官房長官の記者会見は,本来なら「権力」対「権力監視」という構図となるはずが,図らずも「権力」対「反権力」という絵になってしまうことのおかしさが,冒頭のやり取りから滲み出す。辺野古埋め立てに使われている土に,海洋への影響を最小限に抑えるために低比率とすべき赤土が大量に混入している実態を突く望月記者に対して,官房長官は何度も何度も「法に則って適正に処理している」旨の答弁を繰り返す。あの場で返されるべき答弁は,搬入されている土の何%が赤土なので,埋め戻し土として許容範囲内だ,とすべきところなのだが,官房長からは一切の数値的なエビデンスが示されない。
代わって望月記者に跳ね返ってくるのは,報道室長の「早く質問に移って下さい」「質問して下さい」という,人間同士のやり取りに必要な人間的なトーンを欠く,まるで再生ボタンを押したら流れてくるような「質問妨害」の声だ。森達也の新作「i」は,官邸という巨大な壁に,夫が作るお弁当を抱えキャリーバッグを引き摺りながら執拗にノックを続ける一新聞記者の姿を追った実にタイムリーな労作だ。

政府の決定プロセスや行政行為に対して疑問の声を上げている望月記者の姿は,既にニュースで何度も目にしてきた。それでもこうして悪意に溢れた質問妨害に遭いながら,少しでも簡潔かつ的確に事の本質を質そうと奮闘する彼女の姿をフル・バージョンで目にすると,権力が持つ茫洋かつ強固な輪郭が強い圧力を伴って迫ってくる。怖いものなどないように見える彼女が「そりゃ心が折れそうになりますよ」と吐露する声は,報道室長の声とは対極にある人間の温かみと弱さをまとって観客に届く。
加えて様々な住民運動において徐々に反政府のシンボル的な存在になっていくことへの戸惑いの兆候や,政府への抗議を巡る表現方法に関する会社上層部との駆け引きなどの描写は,この作品が「望月衣塑子in情熱大陸」に留まらない厚みを構成する重要な要素となっている。あくまで「個」として権力に立ち向かうために「組織」のユニフォームをまとうという,アンビバレントな立ち位置に対する苦悩は作品の陰影を深いものとしている。

一方で,新聞記者を追った,という体裁を取りつつ,正確には「&その制作過程で制作者にかかった圧力」も同時に描かれるのだが,官邸前で彼女の姿を撮影しようとする森監督が,理由もなしに警備の警察官に押しとどめられるエピソードの執拗な繰り返しは,明らかに作品全体のトーンを崩していたように感じた。ラストのアニメーションの蛇足感共々,撮影過程で湧き上がってきた怒りは,あくまで望月記者が闘う姿を通してスクリーンに表現すべきだったのではないかという違和感を持ったので,意気込みは買いつつ☆をひとつ減点。
★★★☆
(★★★★★が最高)
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