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映画「ミケランジェロの暗号」:緊迫感は薄いが,一定の力で引っ張り続ける職人技が冴える

2011年10月03日 20時26分21秒 | 映画(新作レヴュー)
日曜日の朝の回,客席は7割方埋まっていた。そんな話題作だったのか,とかなり驚いた。平均年齢はかなり高かったが,男女の比率はやや男性が多いくらいで,戦争物にしては例外的に女性の姿が目立つような気がした。果たして作品の方も,あらゆる意味でバランスの取れた優等生的な仕上がりだったが,「過不足ない」という評価を肯定的に使える希有な例であることは間違いない。

アカデミー外国語映画賞を受賞した「ヒトラーの贋札」のスタッフによるミステリー。ミケランジェロの幻の作品を所有していたユダヤ人の画商が,手練手管を尽くしてナチスの手から逃れようとする一種の逃亡劇だが,画商の幼馴染みがナチスに入隊して主人公を追いかけるという設定が,ナチスものに特有の冷たい緊張感からフリーになっている要因だろう。

ドラマの中盤で,主人公がナチスに扮するシークエンスが,よく練られた脚本を中心にして熟練のスタッフがそれぞれの分野で腕を競っているこの作品の空気を象徴している。本来なら身を削るような逡巡を繰り返した結果として下されたであろう決断が,ドラマティックに描かれてもおかしくない場面が,カットひとつの衣装替えであっさりと表現され,あろうことかナチスになりすましたユダヤ人主人公のその後の機転は笑いを誘う。
だが,たとえそれがどんなに軽い描写に見えようとも,画面からは生き延びるために水面下で動かされる足の必死さが伝わってきて,美男も美女も出て来ないし(特にヒロインは地味だ),派手なアクションや戦闘シーンがないのにも拘わらず,観客はスクリーンから目を離すことが出来なくなる。

地味なのに巧み,というこの作品の極めつけは,主人公の母親役で出演しているマルト・ケラーかもしれない。
70年代から80年代にかけて,「マラソンマン」や「黒い瞳」などで世界中の映画ファンを虜にしたセクシーな雰囲気は,まだ健在。32歳で出演し,今年午前10時の映画祭で初めて劇場公開される「ブラックサンデー」も必見だ。

肝心の名画捜しのネタは途中であっさりと割れてしまうため,ミステリーとしてのひねりはほとんどないに等しいと言っても良い。しかし映画という表現媒体においては,必ずしも美しい構図や,象徴的なカット,更にはあっと驚かせるようなどんでん返しを持った作品だけが,人の心を打つという訳ではないという,見本のような作品だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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