子供はかまってくれない

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映画「カツベン!」:丁寧な作りと相反する弾けない笑いとアクション

2019年12月22日 14時05分39秒 | 映画(新作レヴュー)
エネルギーに満ちた娯楽作と社会派告発型作品との間を軽やかに往き来しながら,客を呼べる良心作を作り続けてきた周防正行監督の新作は,無声映画時代に日本で独自に発達した「活動弁士」=通称「カツベン」を主役に据えた,実にお正月らしい仕立ての賑やかな作品だ。観客を飽きさせない巧みな物語の中で,修行僧に相撲,社交ダンスそして裁判制度と,関わったことがない人には未知の世界の奥深くへと分け入っていく独特のワクワク感は,冒頭の活動写真の撮影現場を捉えたシークエンスから,画面に滲み出している。

主演の成田凌が作品に取りかかる前に,かなりの時間をかけて弁士が行う「説明」を特訓したらしい,という情報は目にしていたが,特訓の甲斐あってか,腰の入った声は堂々としたもの。
そしてその成田の熱演を受け止める写真小屋=劇場の佇まいが何よりも素晴らしい。勿論テレビもスマートフォンもない時代,演劇よりも手軽な庶民の娯楽の王様として,大勢の人々に夢や笑いを届けた場所,という重みが自然と伝わってくる美術の仕事は特筆もの。物語の中で重要な役割を果たす箪笥など,そう言えばあんなの実家の押し入れにあったかも,と懐かしくなるような代物ばかり。小屋が建つ目抜き通りの賑わいに満ちたセットも含めて,当時の音や路地の匂いまで再現してやろうじゃないの,と言わんばかりの意気込みが伝わってくるような出来映えは,名実共に死語となってしまった「正月映画」の風格が香り立つ。

しかし肝心の中身の方は,残念ながらこれまでの周防作品の水準には達していない。
物語を盛り上げるツールとして弁士の技を活かす,という発想が感じられない脚本に根本的な問題があったのは明白だ。クライマックスに据えられた,複数のフィルムを繋ぎ合わせた作品で語られる成田扮する染谷の説明は,残念ながら同様の設定だが映像のみで語られた「ニュー・シネマ・パラダイス」のクライマックスの高揚感の足元にも及ばない。そもそも染谷が弁士を志すきっかけとなった往年の名弁士山岡(永瀬正敏)を登場させておきながら,まったく見せ場を与えないというのも不可解。ラップバトルではないが,二人に説明合戦をさせるという発想はなかったものか。
竹中直人をはじめ,正名,田口,小日向といった周防組の常連脇役もほぼ顔見せだけ。アクションも追跡劇も取って付けたような騒々しさだけが,閑散とした劇場に空しく響いていた。着眼点も仕掛けも良かっただけに,この結果は実に残念だ。
★★★☆
(★★★★★が最高)


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