監督のグリンダ・チャーダが「今のイギリスで現役で映画を撮っている監督の中で,一番たくさん映画を作っているのは,ダニー・ボイルではなく私なんだって!」と語っている記事をウェブニュースで読んだ。私が初めてチャーダ作品を観たのは「ベッカムに恋して:原題「Bend it like Beckham」ベッカム(のキック)みたいに曲げて蹴って!」だった。キーラ・ナイトレイの助演も鮮やかだった作品は,人種と性別の両方で不利な立場に置かれた少女が,大好きなサッカーを武器に自ら生きる道を切り拓いていく姿を描いた佳作だったが,本作のプロダクション名が「Bend it」となっているのを見ると,彼女にとっても「ベッカム〜」は思い出深いジャンピングボードだったようだ。イギリスで生活するインド系住民の姿を,ポジティヴかつヴィヴィッドに描き出す手腕は,ブルース・スプリングスティーンの歌曲を前面にフィーチャーした「カセットテープ・ダイアリーズ」においても鉈のような力強さで,ボスの歌声に拮抗するドラマを作り上げている。
パキスタン系移民に対する蔑称である「パキ」と呼ばれ,学校に居場所を見出すことができずにいた青年ジャベドは,ある日友人からブルース・スプリングスティーンのカセットテープを借りる。鬱屈した日々に立ちこめる世間の靄を払ってくれるような「ボス」の言葉と声は,ジャベドに勇気を与え,息を潜めて社会の片隅に居場所を見つけるしかないと父親から諭されていた彼の人生は大きな転換期を迎える。
約30年前のイギリスを舞台とした物語でありながら,グローバリズムの波に洗われる今のヨーロッパを象徴するような排外主義の圧力に抗する声を底流に,ブルースの歌に背中を押されるジャベドの姿は,まぎれもなく今のイギリスの良心的な若者の姿と重なる。ジャベドの隣に住む老人が,過去にナチズムに対抗して戦争に行った経験があり,迫害を受ける彼を静かに見守る姿も,物語に厚みを与えている。
ただ,劇中の「レーガンもボスを聴いている」という台詞に象徴されるとおり,アメリカ大統領の座にトランプが就いている2020年においては,若者がボスの音楽に触発されるというストーリーは,単純な青年成長物語に収斂しない。ジャベドがボスの聖地巡りをすべくアメリカに入国する際,「アメリカに入国する理由として,それ(聖地巡り)以上のものはないな」と彼を勇気付けた入国管理官こそ,トランプ支持者である可能性が高いからだ。音楽が持つパワーの大きさと同時に,時代と共に変わる解釈の多様性にも思いを馳せる結果となったのも,チャーダの職人技のひとつなのか。インド人もびっくりしたかどうかは分からないけれども。
★★★
(★★★★★が最高)
パキスタン系移民に対する蔑称である「パキ」と呼ばれ,学校に居場所を見出すことができずにいた青年ジャベドは,ある日友人からブルース・スプリングスティーンのカセットテープを借りる。鬱屈した日々に立ちこめる世間の靄を払ってくれるような「ボス」の言葉と声は,ジャベドに勇気を与え,息を潜めて社会の片隅に居場所を見つけるしかないと父親から諭されていた彼の人生は大きな転換期を迎える。
約30年前のイギリスを舞台とした物語でありながら,グローバリズムの波に洗われる今のヨーロッパを象徴するような排外主義の圧力に抗する声を底流に,ブルースの歌に背中を押されるジャベドの姿は,まぎれもなく今のイギリスの良心的な若者の姿と重なる。ジャベドの隣に住む老人が,過去にナチズムに対抗して戦争に行った経験があり,迫害を受ける彼を静かに見守る姿も,物語に厚みを与えている。
ただ,劇中の「レーガンもボスを聴いている」という台詞に象徴されるとおり,アメリカ大統領の座にトランプが就いている2020年においては,若者がボスの音楽に触発されるというストーリーは,単純な青年成長物語に収斂しない。ジャベドがボスの聖地巡りをすべくアメリカに入国する際,「アメリカに入国する理由として,それ(聖地巡り)以上のものはないな」と彼を勇気付けた入国管理官こそ,トランプ支持者である可能性が高いからだ。音楽が持つパワーの大きさと同時に,時代と共に変わる解釈の多様性にも思いを馳せる結果となったのも,チャーダの職人技のひとつなのか。インド人もびっくりしたかどうかは分からないけれども。
★★★
(★★★★★が最高)