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映画「人生タクシー」:女性が切り拓くイランの未来

冒頭,正面を向いているカメラが捉えるテヘランの交通事情がまず恐ろしい。信号が赤に変わっているはずなのに,歩行者も車もお構いなしに交差点になだれ込んでくる。狭い路地では右側通行の原則も何のその。優先通行権は早い者勝ちが共通認識のようだ。その交通法規無用の道路を突き進む主人公のタクシー・ドライバーもまた,一時停止をほとんど無視する上に,どうやら道にも詳しくないようだ。しかも既に乗客を載せている状況でも,まるで乗り合いバスのように次から次へと新しいお客が乗り込んでくる。
そんな「KAMIKAZE-TAXI」の半日の勤務状況を,車載カメラとドライバーの可愛い姪が撮影する映像で綴った,いわば「実録タクシー24時」と言える作品なのだが,これが滅法面白い。

危ないドライバーを演じるのは,アッバス・キアロスタミの弟子であるジャファル・パナヒ。反政府的な映画を監督したという理由で,映画の監督を20年間禁止されている監督だ。そんな措置を逆手にとって「自分は映画の監督などしていない。車載カメラの映像を第三者が編集しただけ」という体裁を装って紡ぐ物語には,イランの市井の人々のバイタリティー,ユーモア,小市民的狡猾さ,プライド,そして何よりも正しいことを貫く信念が,くっきりと刻印されている。

タクシーに出入りする大勢の男女のエピソード,いずれもがぐいぐいと観客を画面に引き込む強い引力を持っている一方で,一筋縄では行かない奥行きも持っている。パナヒと組んで商売をしていると嘘をつくビデオの売人は一見ただの小悪党に見えて,彼が扱っている作品にはハリウッドの大作だけではなく,ヌリ・ビルゲ=ジェイランの「昔々,アナトリアで」やキム・ギドク(名前を正確に覚えていないのがご愛敬)作品もある。つまり一歩間違えれば彼もまた政府から目をつけられてもおかしくない文化の伝道師の役割も担っているのだ。冒頭に登場して教師と死刑制度について論争を繰り広げるコソ泥の「目には目を歯には歯を」的な現状認識もまた,現代イランの一端を正確に捉えていると言えるのだろう

だが際立って魅力的なのは,死刑を口にする泥棒に反論する女性教師,おしゃまなドライバーの姪,弁護士の3名の女性たちだ。映画のラストで明らかになる政府の策謀さえも,彼女たちの持つ逞しいエネルギーの前では,茶番にしか見えない。そんな茶番を演じる連中が持つ権力に抗うパナヒの闘いに心からの声援を送りたい。
★★★★
(★★★★★が最高)
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