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映画「ワンダーストラック」:色を抑えて描かれた古き佳きビッグ・アップル

トッド・ヘインズと言えば,代表作である「エデンより彼方に」も「キャロル」も,1950年代のメロドラマを想起させるような独特の色彩設計が,作品世界を貫く背骨のような存在として機能していたという印象が強い。ジュリアン・ムーアの孤独も,ルーニー・マーラのときめきも,画面を彩る「明るいのに落ち着いた」ヘインズ調の色彩がなければ,あそこまで鮮やかに浮き彫りになることはなかったはず。
だがヘインズは新作「ワンダーストラック」で,あえてその持ち味を封印し,ニューヨークをモノクロームと明度を抑えた室内セットと夜間撮影で切り取るという選択をした。だが主役の少年と少女が聾者という設定のため,ほとんどサイレント映画に近いスタイルで,1920年代と1970年代という二つの時間軸を描き分けるという作業は,殊の外難しい作業だったようだ。

二役をこなすジュリアン・ムーアは相変わらず上手で,まもなく還暦とは思えないほどの美しさを保っている。最初に少女の母親役で登場した時には「ジュリアン・ムーア似の若手が出てきたのか」と思ったほどだ。
全編を通じて美術が素晴らしい仕事をしているが,特に少年が父を探して行き着いた,祖母(ムーア)の兄が経営する本屋の設えは,ニューヨークというイメージが凝縮された夢の場所のようだった。雑多な本で埋め尽くされている店の至る所に飾られているボブ・ディランのアルバム・カヴァーは,まさにリアル「ヴィレッジヴァンガード」を想起させる。終盤,美術館に設けられたニューヨークのミニチュアの上を,それを作った祖母と孫が歩きながら50年の歴史を遡るシーンも,物語のクライマックスに相応しい高揚感に満ちている。
物語の鍵として使われているのはデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」だが,より耳に残るのは終盤に流れるデオダートの「ツァラトゥストラはかく語りき」の方だ。カーター・バーウェルは「スリー・ビルボード」に続いて,ここでも既成曲を使ってビッグ・アップルが持つ懐の深さを巧みに描き出している。

だが,落ち着いた色調の採用に加えて夜間シーンが多いことも影響してか,中盤部分で作劇のテンポ自体も落ちてしまったのは残念だった。主人公が聾者であるが故に,会話が少ないことが前提となっていたにも拘わらず,展開や演出にそれを補うような動きを加える工夫が決定的に不足している。ヘインズほどの巧者であれば,台詞を削ぎ落とした展開でも,画面にリズムをもたらすことはできたはず。未見の方,多大な「ワンダー」は期待せぬように。
★★★
(★★★★★が最高)
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