秦の位置
万里の長城の長さは約21,000㎞という。現在の中国領土陸地国境線は約23,000㎞、ほぼ同じ長さ。中国国境は万里の長城で守られていた。このように理解して良いと思われる。長城は紀元前3世紀始皇帝の秦時代に建設が始まったとのこと。
6月4日テレビ番組で秦の始皇帝のことが説明されていた。周りの国との力の差があり、次々に征服して秦国ができた。番組では先ず馬は、2才馬頃から野草ではなく穀物を与えて底力に差があった。疲れ知らずだった。次に武器は他国より欧州に近い地の利により弩(ど)という洋弓を利用できた。この弓は他の弓に比して命中率にも威力にも差が大きなものであった。広くて多国であった中国を統一し国をつくることができた。私は、想像を外れて大規模な長城を築く国に疑問を持っていた。構造も頑強でその長さが尋常ではない。圧倒的な力の差があった秦だからこそ造る決定をできたと、理解した。
もう一つ、なぜ始皇帝は西側にこの長城を築くほど恐れていたのか。番組ではチンギスハンの国を恐れたと説明がなされたようだ。これは馬賊を恐れた意だろう。馬の脚の速さを抑えたかったためか。またこの時代の貨幣は「半両銭」と言う銅銭に統一されて使われたという。
武力を持って戦国七雄から勝残った秦は国力(お金)を手に入れ、万里の長城を築いたことが理解できた。しかし、この国は始皇帝死後約5年、建国15年程度で終焉したという。
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