私は東京郊外の調布市に住む年金生活の身であり、
まもなく下旬の誕生日を迎えると、恥ずかしながら古希と称される70歳となるが、
65歳の高齢者入門が許された頃から、体力の衰えを実感し、老兵のように感じてきた。
こうした中で、我が家の小庭の手入れは、現役サラリーマン時代から私の責務であるが、
何よりも暑さに苦手な私は、夏の間は涼しい時に・・と何かと順延しサボり果ててきた・・。
我が家の敷地は変形の為、家屋を建てる当時から玄関庭と主庭に別れているが、
樹木の枝葉は伸び放題、草も茂って純白のタマスダレの花、淡紅色の秋海棠(シュウカイドエ)の花も、
雑草の中で咲いているような状態となっている。
こうした状況の中で、一番喜ぶのは鈴虫(スズムシ)、蟋蟀(コオロギ)かしら、
と私は微苦笑を重ねたりしてきた・・。
過ぎし13日は何とか玄関庭は終えたが、残りの主庭の手入れを本日決行した。
朝の9時前に庭に下り立ち、ストレッチパンズの長ズボン、着古したワイシャツ、ウォーキング・シューズで、
帽子を深く被り、滑り止めの軍手をして、そして剪定鋏(ハサミ)を腰の周りにしたりした。
そして曇り空の20度前後の中、樹木の枝葉を高枝鋏(たかえだばさみ)で切り落としたりした。
やがて切り落とした枝葉を整理したりしていると、薄らと汗をかいたりしたが、
夏の燦々と照らす30数度の熱さと違い、この20数度の気温だったら、快適なハイキングと同じようだ、
と独り微笑んだりした・・。
こうした中で、ときたまテラスに置いた簡易椅子に腰かけて、
少し休憩ねぇ、と心の中で呟(つぶや)いたりした。
こうした私の情況を見た家内は、料理と掃除の手を休めて、ときおり冷茶を運んでくれたりした。
この後、草むしりをしていると、特にドクダミの草が地面にへばりつくように繁っているので、労苦を要する。
或いは樹木のある地面も草が生えているので、
樹の下にもぐるように、はいつくばって草を取ったりすると、泥まみれとなったりした。
しかしながら入梅時とか初夏の時は、汗がしたたり落ちて、汗まみれ泥まみれとなったりしてきたが、
単なる泥まみだけであったので、体力の衰えた私でも、
今しなくて何日(いつ)するのよ、と叱咤激励しながら孤軍奮闘した。
やがて昼食の時になると、泥まみれの私の容姿を家内が見ると、
テラスでパンでも食べますか、と私に言ったりした。
私は草むしりをした処が小奇麗になっているので、
今、食べたりする集中力が切れるから、と私は家内に言ったりした後、
園児のように夢中で雑草の草むしりに専念した。
やがて疲れも余り感じなく、この調子だったら、夕暮れの少し暗くなる5時半ぐらいまで出来きそう、
と思いながら、快調に草を取ったりした。
そして何かと暑さに苦手な私は、こうした曇り空の20数度の中で、
庭の手入れはベストだ、と心の中で呟(つぶや)いたりした・・。
やがて樹の下をもぐるように草を抜いていた時、雨脚の音が聴こえ、
樹の下んら抜けだすと、雨が降っている・・。
そして家内から、お止めになったら・・、と私は中断した。
私は恨(うら)めしげに、5分ばかり庭に降る雨を眺めて、
本日はここまで・・と私は家内に言ったりは午後3時過ぎであった。
やがて私はお風呂で身体を清めて、温めた後、
居間から庭を眺めたら、なぜかしら雨が上がっていた。
そして庭の半分ぐらい小奇麗になり、達成率は50%かょ、と苦笑したりした。
やがて天上の気候の神々は、老兵の私にドクター・ストップの代わりに、通り雨を降らせてくれたのかしら、
と私は独り微苦笑をしたりした。
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まもなく下旬の誕生日を迎えると、恥ずかしながら古希と称される70歳となるが、
65歳の高齢者入門が許された頃から、体力の衰えを実感し、老兵のように感じてきた。
こうした中で、我が家の小庭の手入れは、現役サラリーマン時代から私の責務であるが、
何よりも暑さに苦手な私は、夏の間は涼しい時に・・と何かと順延しサボり果ててきた・・。
我が家の敷地は変形の為、家屋を建てる当時から玄関庭と主庭に別れているが、
樹木の枝葉は伸び放題、草も茂って純白のタマスダレの花、淡紅色の秋海棠(シュウカイドエ)の花も、
雑草の中で咲いているような状態となっている。
こうした状況の中で、一番喜ぶのは鈴虫(スズムシ)、蟋蟀(コオロギ)かしら、
と私は微苦笑を重ねたりしてきた・・。
過ぎし13日は何とか玄関庭は終えたが、残りの主庭の手入れを本日決行した。
朝の9時前に庭に下り立ち、ストレッチパンズの長ズボン、着古したワイシャツ、ウォーキング・シューズで、
帽子を深く被り、滑り止めの軍手をして、そして剪定鋏(ハサミ)を腰の周りにしたりした。
そして曇り空の20度前後の中、樹木の枝葉を高枝鋏(たかえだばさみ)で切り落としたりした。
やがて切り落とした枝葉を整理したりしていると、薄らと汗をかいたりしたが、
夏の燦々と照らす30数度の熱さと違い、この20数度の気温だったら、快適なハイキングと同じようだ、
と独り微笑んだりした・・。
こうした中で、ときたまテラスに置いた簡易椅子に腰かけて、
少し休憩ねぇ、と心の中で呟(つぶや)いたりした。
こうした私の情況を見た家内は、料理と掃除の手を休めて、ときおり冷茶を運んでくれたりした。
この後、草むしりをしていると、特にドクダミの草が地面にへばりつくように繁っているので、労苦を要する。
或いは樹木のある地面も草が生えているので、
樹の下にもぐるように、はいつくばって草を取ったりすると、泥まみれとなったりした。
しかしながら入梅時とか初夏の時は、汗がしたたり落ちて、汗まみれ泥まみれとなったりしてきたが、
単なる泥まみだけであったので、体力の衰えた私でも、
今しなくて何日(いつ)するのよ、と叱咤激励しながら孤軍奮闘した。
やがて昼食の時になると、泥まみれの私の容姿を家内が見ると、
テラスでパンでも食べますか、と私に言ったりした。
私は草むしりをした処が小奇麗になっているので、
今、食べたりする集中力が切れるから、と私は家内に言ったりした後、
園児のように夢中で雑草の草むしりに専念した。
やがて疲れも余り感じなく、この調子だったら、夕暮れの少し暗くなる5時半ぐらいまで出来きそう、
と思いながら、快調に草を取ったりした。
そして何かと暑さに苦手な私は、こうした曇り空の20数度の中で、
庭の手入れはベストだ、と心の中で呟(つぶや)いたりした・・。
やがて樹の下をもぐるように草を抜いていた時、雨脚の音が聴こえ、
樹の下んら抜けだすと、雨が降っている・・。
そして家内から、お止めになったら・・、と私は中断した。
私は恨(うら)めしげに、5分ばかり庭に降る雨を眺めて、
本日はここまで・・と私は家内に言ったりは午後3時過ぎであった。
やがて私はお風呂で身体を清めて、温めた後、
居間から庭を眺めたら、なぜかしら雨が上がっていた。
そして庭の半分ぐらい小奇麗になり、達成率は50%かょ、と苦笑したりした。
やがて天上の気候の神々は、老兵の私にドクター・ストップの代わりに、通り雨を降らせてくれたのかしら、
と私は独り微苦笑をしたりした。
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