今日の朝日新聞の 再読 こんな時 こんな本 「さよならだけが人生ならば」に城山三郎氏の「そうか、もう君はいないのか」が紹介されていた。なにかこの言葉が心に残った。最愛の奥さまを亡くされた筆者が放心して「ふと、容子に話かけようとして、我に返り、『そうか、もう君はいないのか』と、なおも容子に話かけようとする」のだった。だれかと別れたとき、その悲しみがほんの少し和らいだとき、「そうか、君はいないのか」と思うのかもしれない。大きな土管真ん中を宙に浮いているような、悲しいとかさびしいとか、そんなものじゃない寂寥感に襲われることがある。掴るところもなにもない宇宙に放り出されたような・・・・。そんなときは、いない君に話しかけて、時をやり過ごすのがいいのかもしれないと、思うようになった。忘れられないものはそのまままに、もがかずにそのぬくもりのなかで過ごせばいいような気がする。いつか自らの涙が心を癒してくれるような気がする。
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