南小倉教会にて、「生笑一座」の講演会があったために母とちびっ子と共に参加しました。
生笑一座とはホームレス支援をされている奥田牧師、谷本牧師が路上生活をされていた方4名と共に、かつての体験談を話してもらいながら
「それでも生きてさえいれば、いつか笑える日が来る」
「『助けて』って言うことはちっとも恥ずかしいことではない。助けを求めたら、助けてくれる人は必ずいる。」
ということを全国の小学校や中学校を中心に、いろんな場所で伝えてまわっている一座です。
私は生笑一座の講演に参加するのは2回目。
前回は南小倉教会の何倍も大きなホールでした。それはそれで楽しかったのですが、今回は100名も入れば満員御礼(というか、息苦しさを感じないこともない)小さな教会でメンバの方々との距離が近いせいか、前回よりアットホームな雰囲気で、彼らの表情や息遣いがはっきりと見えることもあって、彼らが遠い世界の人ではない、すぐ近くに生きている人たちなんだ、と思えた2時間でした。
メンバの方々はお酒を16歳から飲んでいたり、そのお酒で仕事が続けられなくなったり、16歳から煙草を吸い始めていたり、結婚しても「飲む打つ買う」で家族に迷惑を掛け通しだったり、たくさんの失敗をしてきた方ばかり。まず家族を失って、そのために家や仕事も失った、という方がほとんどでした。
今はにこにこ笑ってお話をしていて、愛すべき人柄に見えるけれど、路上生活をしていたときは、笑顔がなかったり、周囲に対して怒ってばかりだったり、奥田牧師が訪ねて行っても「せからしか。帰らんね。」と追い払ったり、という状態だったんだとか。
それでも今は
「生きていてよかった。」
「仲間がいて、今は楽しい。」
「あのとき『助けて』って言って、本当に良かった。」
「こうやって、みんなに『助けて』って言っていいんよっち、言って回ることで、こんな自分でも役に立っている、と思える。」
とにこにこ穏やかに、そしてユーモラスにかつてのことを話していて、なんだか色々と考えさせられました。
元ホームレスの人たちとお話する機会に恵まれて、私は彼らが怖い人ではないことを知っています。
少し不器用なところがあったり、ちょっとコミュニケーションが苦手だったりする私と変わらない人。
それでも「今現在、路上生活をしている人」を怖いと思う気持ちはやっぱり拭い去れません。これは私が「今現在、路上生活をしている人」のことを知らないから、知らずに遠巻きで見ているから、というのが大きい気がします。(そして、小さい頃に勝山公園にたくさんあった段ボールの家の薄暗さとか薄気味悪さがインプットされているからかもしれません。幼心に段ボールの家は怖かったし、絶対にそばを通ってはいけない、と思っていました。)
だからこそ、奥田牧師がおっしゃっていた
「知らないから怖いんだ。だから勉強は必要。いろんなことを理解して、怖いものをなくしていく、それが勉強。」
という言葉にはすとんと心に落ちました。
面白かったのは、路上生活をやめた原因。
・テロ対策法の一環で公園からごみ箱が撤去され、お弁当の残りなどが取れなくなってしまったこと
・リーマンショックによるアルミ缶の値段の低下で、アルミ缶収集の収入では暮らしていけなくなってしまったこと
と世の中の動きに大きく影響を受けていました。
家や家族を失って、路上生活になって、人との関わりが切れてしまったのに、それでもやっぱり日々の生活は世の中の影響を大きく受けてしまう。
本当に良くも悪くも、人はひとりでは生きていけないんだなぁ、としみじみ思いました。
日本は若者の死因第一位が「自殺」
先進国で、若者の自殺が一位の国は日本と韓国だけだそうです。(他の国は「事故死」が一位なんだとか。)
「助けて」と言えさえすれば、避けられたかもしれない死。
「『助けて』と言えないのはなぜか。
それは大人が「人に迷惑をかけてはいけない。」「自分のことは自分でなんとかしなければいけない。」と教えてきたからですよ。
立派な大人は「助けて」なんて人には言わない。言ってはいけない、という姿を大人が見せてきた。
『助けて』って言っていいんです。
人に迷惑をかけてもいいんです。
誰にも迷惑をかけずに生きている人なんて、いないんです。」
奥田牧師のこの言葉は、私たちの教会の礼拝でも、何度も何度も繰り返し言われている言葉。
それでも私はついつい、しかも無意識のうちに「人に迷惑をかけていない」という傲慢な前提で「人に迷惑をかけないようにしないと。」と思ってしまうことが多々あります。
誰にも迷惑をかけずに生きている人なんていない。
私たちは、意識しないうちにいろんな人たちと(自分が関わっていると思っている人たちの何倍もの人たちと)関わりあって生きている。
このことを改めて大切に胸に刻もうと思います。
生笑一座とはホームレス支援をされている奥田牧師、谷本牧師が路上生活をされていた方4名と共に、かつての体験談を話してもらいながら
「それでも生きてさえいれば、いつか笑える日が来る」
「『助けて』って言うことはちっとも恥ずかしいことではない。助けを求めたら、助けてくれる人は必ずいる。」
ということを全国の小学校や中学校を中心に、いろんな場所で伝えてまわっている一座です。
私は生笑一座の講演に参加するのは2回目。
前回は南小倉教会の何倍も大きなホールでした。それはそれで楽しかったのですが、今回は100名も入れば満員御礼(というか、息苦しさを感じないこともない)小さな教会でメンバの方々との距離が近いせいか、前回よりアットホームな雰囲気で、彼らの表情や息遣いがはっきりと見えることもあって、彼らが遠い世界の人ではない、すぐ近くに生きている人たちなんだ、と思えた2時間でした。
メンバの方々はお酒を16歳から飲んでいたり、そのお酒で仕事が続けられなくなったり、16歳から煙草を吸い始めていたり、結婚しても「飲む打つ買う」で家族に迷惑を掛け通しだったり、たくさんの失敗をしてきた方ばかり。まず家族を失って、そのために家や仕事も失った、という方がほとんどでした。
今はにこにこ笑ってお話をしていて、愛すべき人柄に見えるけれど、路上生活をしていたときは、笑顔がなかったり、周囲に対して怒ってばかりだったり、奥田牧師が訪ねて行っても「せからしか。帰らんね。」と追い払ったり、という状態だったんだとか。
それでも今は
「生きていてよかった。」
「仲間がいて、今は楽しい。」
「あのとき『助けて』って言って、本当に良かった。」
「こうやって、みんなに『助けて』って言っていいんよっち、言って回ることで、こんな自分でも役に立っている、と思える。」
とにこにこ穏やかに、そしてユーモラスにかつてのことを話していて、なんだか色々と考えさせられました。
元ホームレスの人たちとお話する機会に恵まれて、私は彼らが怖い人ではないことを知っています。
少し不器用なところがあったり、ちょっとコミュニケーションが苦手だったりする私と変わらない人。
それでも「今現在、路上生活をしている人」を怖いと思う気持ちはやっぱり拭い去れません。これは私が「今現在、路上生活をしている人」のことを知らないから、知らずに遠巻きで見ているから、というのが大きい気がします。(そして、小さい頃に勝山公園にたくさんあった段ボールの家の薄暗さとか薄気味悪さがインプットされているからかもしれません。幼心に段ボールの家は怖かったし、絶対にそばを通ってはいけない、と思っていました。)
だからこそ、奥田牧師がおっしゃっていた
「知らないから怖いんだ。だから勉強は必要。いろんなことを理解して、怖いものをなくしていく、それが勉強。」
という言葉にはすとんと心に落ちました。
面白かったのは、路上生活をやめた原因。
・テロ対策法の一環で公園からごみ箱が撤去され、お弁当の残りなどが取れなくなってしまったこと
・リーマンショックによるアルミ缶の値段の低下で、アルミ缶収集の収入では暮らしていけなくなってしまったこと
と世の中の動きに大きく影響を受けていました。
家や家族を失って、路上生活になって、人との関わりが切れてしまったのに、それでもやっぱり日々の生活は世の中の影響を大きく受けてしまう。
本当に良くも悪くも、人はひとりでは生きていけないんだなぁ、としみじみ思いました。
日本は若者の死因第一位が「自殺」
先進国で、若者の自殺が一位の国は日本と韓国だけだそうです。(他の国は「事故死」が一位なんだとか。)
「助けて」と言えさえすれば、避けられたかもしれない死。
「『助けて』と言えないのはなぜか。
それは大人が「人に迷惑をかけてはいけない。」「自分のことは自分でなんとかしなければいけない。」と教えてきたからですよ。
立派な大人は「助けて」なんて人には言わない。言ってはいけない、という姿を大人が見せてきた。
『助けて』って言っていいんです。
人に迷惑をかけてもいいんです。
誰にも迷惑をかけずに生きている人なんて、いないんです。」
奥田牧師のこの言葉は、私たちの教会の礼拝でも、何度も何度も繰り返し言われている言葉。
それでも私はついつい、しかも無意識のうちに「人に迷惑をかけていない」という傲慢な前提で「人に迷惑をかけないようにしないと。」と思ってしまうことが多々あります。
誰にも迷惑をかけずに生きている人なんていない。
私たちは、意識しないうちにいろんな人たちと(自分が関わっていると思っている人たちの何倍もの人たちと)関わりあって生きている。
このことを改めて大切に胸に刻もうと思います。