モリモリキッズ

信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

茶臼山旗塚。茶臼山自然植物園。アオイトトンボ・ツマグロヒョウモン・ベニシジミ(妻女山里山通信)

2020-07-29 | アウトドア・ネイチャーフォト
 茶臼山へ行く前に、まず妻女山の御天井にある樹液バーへ。林道はグチャグチャの泥濘状態で、タイヤがスリップして危険でした。長雨の後なので期待はしていませんでしたが、やはり。

 カナブンとその右下には頭を突っ込んだきりの、おそらくコクワガタのメス。上にいるのはヤドリバエ科の一種かと。右下にいるのは、キボシテントウダマシ。雨上がりで湿度100%。オオムラサキは葉の陰で休んでいるでしょう。数カット撮影してから千曲川を渡り、茶臼山へ向かいました。

(左)拙書でも紹介している信里小の校門の向かいの道を100mほど入ったところにある駐車場へ。大正時代に立てられた川中島の戦いの石碑があります。ただ信玄がここに布陣したという史料はないのでフィクションでしょう。この下に耕心庵という寺がありますが、戦いの後信玄がここから川中島を見渡し、いいところだなと言ったという伝説が書いてあります。その前に布陣していたら、既に知っているわけで、そんなことは言いませんよね。(右)その周囲に並ぶ通称旗塚。川中島の戦いで旗を立てたとか埋めたとかいわれる塚ですが、これも作り話で、おそらく薄葬令以降のこの地の有力者の墓だと思われます。妻女山や五一山脈の古墳の近くにもいくつも見られます。

(左)毒々しい紅色の傘。チシオタケでしょうか。辛くて不食。(右)傘の裏が網状でイグチ科のキノコ。ニガイグチの仲間でしょうか。苦くてとても食べられません。在京時代に誤って一本入ってしまい、キノコ鍋を全部捨てたことがあります。この時期のアカヤマドリやヤマドリタケモドキ(欧州のポルチーニやセップ)は、ありませんでした。信州新町道の駅では、チチタケなどとともに売っている様です。

(左)伐採木の断面に最初は粘菌かと思いましたが、撮影して拡大するとシロキクラゲの幼菌と分かりました。キノコムシでしょうか、小さな甲虫が食べている様です。(右)長雨で苔は生き生きしています。

(左)ノアザミ(野薊)キク科アザミ属。花弁が5枚の筒状花がたくさん集まって頭状花を形成しています。総苞が粘ることでノハラアザミと区別できます。(中)5,6ミリぐらいの小さな花、よく見ると林道脇にたくさん。未同定。(右)ユリ科ヤブランの蕾。

 アオイトトンボ(青糸蜻蛉)トンボ目イトトンボ亜目アオイトトンボ科アオイトトンボ亜科。トンボの翅は4枚が複雑な動きをしてホバリングができます。筋肉が4枚の翅の基部につながっていて、それぞれを別々に動かせるからです。これを直接飛翔筋型昆虫といいます。翅は、細いパイプ状の翅脈(しみゃく)と、透明な薄い膜でできていますが、全体重の2パーセントほどしかありません。

 トンボは不退転の勝ち虫と呼ばれ、武士の兜の前立によく使われました。他にも昆虫を使った兜は多く、蝶、百足(ムカデ)、スズメバチなどもあります。戦場では昆虫食も普通だったでしょう。どれが食べられる美味しい虫か知っていたはずです。

(左)茶臼山動物園入り口左の道を抜けて植物園へ。自然植物園中腹にある展望台。(右)その上にある英国風庭園。絵本作家のターシャ・テューダーとかビアトリクス・ポターの児童書「ピーターラビット」を思い出します。もう少し広い面積で作ってもいいと思います。

 吸蜜の後、休憩中のベニシジミ。夏型なので翅の表が黒い。数頭見られました。

(左)ヤノトガリハナバチに似ているのですが、脚の色とか胸部の横の黄班とか違うのです。未同定。花はオミナエシ(女郎花)。(右)オオハナアブが吸蜜中。ラウンドアップや草退治などの毒薬除草剤で、ミツバチ、ハナアブが激減し、果樹園も野菜畑も自然のままでは受粉が難しくなっています。中枢神経を冒し癌、脳の発達障害、多動性症候群、奇形などを引き起こします。当ブログでも何度も記事をアップしています。ブログ内検索を。

 吸蜜中のツマグロヒョウモンのオス。メスも我が家の庭でもたまに見られます。

(左)コオニユリ。(小鬼百合)ユリ科。(右)ヤナギラン(柳蘭)アカバナ科。山火事の跡に最初に群生するため英名はFireweed(火の草)。種子は白く長い毛があり風で飛んでいきます。

(左)アジサイ(紫陽花、八仙花)。(右)キキョウ(桔梗・Platycodon grandiflorus)キキョウ科。多年性草本植物。万葉集のなかで秋の七草と歌われている「朝貌の花」といわれています。根はサポニンを多く含むことから生薬(桔梗根)として利用されます。

 園芸種には疎いので、写真だけを載せます。自然植物園には園芸種の花もたくさん植えられています。下の恐竜公園から登ってアスレチックを過ぎて、藤棚をすぎると茶臼山へ登れます。拙書にも載せているコースで、ファミリー向けです。

 善光寺平の眺め。右奥に三角の笠岳がそびえています。緑色の帯は犀川と河川敷。左奥にエムウェーブが見えます。手前に北陸新幹線の高架。雨が降り出したので帰りました。久しぶりに戸倉上山田温泉の万葉超音波温泉に入りました。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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宮本佳林レアソング・juice=juiceベストコンサート・鞘師里保&BABYMETAL(妻女山里山通信)

2020-07-24 | BABYMETAL・LOVEBITES・ジャズ・宮本佳林・クラシック
駐車場ソング / 宮本佳林 ※作詞作曲

https://www.bilibili.com/video/BV1kK41177fg/
2017年の北アルプス国際芸術祭で鷹狩山の駐車場で案内していた笑顔が素敵なお姉さんを思い出した。
北アルプス国際芸術祭2017 Japan Alps Art Festival 超絶オススメ!(妻女山里山通信)
3年に一度らしいのですが、新型コロナウィルスのために、今年は中止になりました。

松浦亜弥「100回のKISS」 宮本佳林 (2016)

あややと比べる必要はない。聞き入ってしまう。

宮本佳林 (Miyamoto Karin) - 大きな愛でもてなして / Ooki na Ai de Motenashite

℃-uteの名曲だけど、ちゃんとかりんの曲になっている。

宮本佳林 (Miyamoto Karin) - 冷たい風と片思い / Tsumetai Kaze to Kataomoi

想いをちゃんと歌唱にのせられる人。

GOOD BYE 夏男 juice=juice

この曲はカラオケでひとりで歌ってみると松浦亜弥がいかにもの凄かったかが分かる。

4K Juice=Juice Va-Va-Voom ~ Never Never Surrender ~ 私が言う前に抱きしめなきゃね ~ CHOICE & CHANCE '19秋 歌詞付

歌もダンスも最強アイドルというのが分かる。テレビに出られないのは、極悪電通と奴隷のテレビ局のせい。数で押すなんちゃらアイドルグループなど吹っ飛ぶからね。昔電通の仕事をしていたが、担当部長が昔は銀座のクラブの入り口に「ヤクザと電通お断り」の張り紙があったんだよと。今再びそうなりつつあるかも。当時ソニーのベータマックスの海外販促マニュアルのデザインを、電通に出向してフィンランド人のアートディレクターの元でデザインをしていた。昼飯にビールを一杯飲んだり、自由でクリエイティブな雰囲気があった。ベータマックスは高性能だったが勢力的に負けて消滅したけどね。その後も、大手金融機関のアニュアルリポートのデザインをしたりして、その後のアートディレクターやデザインプロデューサーへの基礎を作ってくれた。ノンディスクロージャー・アグリーメントという企業守秘義務がかかった仕事も。人の世はシステムにがんじがらめだ。自由が一番だね。

4K Juice=Juice Fiesta! Fiesta! ~ GIRLS BE AMBITIOUS ~ Magic of Love '19秋 歌詞付

これがJuice=Juiceの実力。

モーニング娘。'15『冷たい風と片思い』(Morning Musume。'15[The Cold Wind and Lonely Love]) (Promotion Edit)

素晴らしい。この時は後に大好きなBABYMETALに参加するとは思いもしなかった。

BABYMETAL - LEGEND - METAL GALAXY Trailer

このアルバムは、私の宝物。愛車にはBABYMETALのステッカーを貼っています。

12. BABYMETAL - Ijime, Dame, Zettai (LIVE "LEGEND 1999" [YUMETAL&MOAMETAL Seitan Sai] 2013)

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」 これがもう7年前のライブなんて信じられない。ユイモアなんてまだ子供。ハードロックやヘビーメタルを聴いてきたおじさんも、これにはぶっ飛んだ。ソニスフィアに出た時は、涙ちょちょ切れた。

BABYMETAL - Ijime,Dame,Zettai - Live at Sonisphere 2014,UK (OFFICIAL)

ソニスフィア。一年でこれだけの成長。世界的なライブコンサート。これを観るたびに涙を禁じえない。愛さない応援しない理由はない。どう形を変えようとも。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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再び妻女山の陣場平へ。大きなカブトムシ・オオムラサキのメス。妻女山山系遠望と山座同定(妻女山里山通信)

2020-07-23 | アウトドア・ネイチャーフォト
 再び貴重な晴れ間なんですが、日がさす時間は短そうです。妻女山陣場平のクヌギの樹液バーへ。前回とは異なるメンバーがいました。ただ、アオカナブンは同じ個体かも知れません。

 前回、今年のカブトムシは小さめと書いたのですが、いました大きいのが。でもまだパートナーはいない様です。そして、オオムラサキのメス。アオカナブンも一匹。ただこのシチュエーションは、オオムラサキにとって少し危険です。カブトムシが吸汁しているのとほぼ同じ場所に口吻を差し込んでいます。時折カブトムシが右の前脚でオオムラサキをどかそうとしますが、ゆっくりでオオムラサキは少し避けますがどきません。何回目かでカブトムシの脚がオオムラサキに当たり、オオムラサキは飛び去りました。当たりどころが悪ければ、口吻が切れてしまうこともあります。6ミリぐらいに切れた個体を見たことがありますが、それでも元気に吸汁していました。
カブトムシのオスがメスを守る際に出す奇妙な鳴き声。花と虫と万葉集(妻女山里山通信)

 カブトムシの上から腹部、胸部、目と角のある頭部。口にはオレンジ色の毛があり樹液を吸います。息は腹部の左右に9つある気門でします。胸部から下に向かって曲がる短い角と、頭部の長い角で相手を挟んで、短い角を相手に刺してとどめを刺すこともあります。アオカナブンは例年ならば十数匹は集まるのですが、たった一匹。

 しばらくしてオオムラサキは戻ってきました。翅を開いたり閉じたりしながら樹液バーに向かいます。吸汁中に他の昆虫が来ると、翅をいっぱいに広げて阻みます。これにはオオスズメバチもかないません。翅が欠損していますが、地上でイノシシの糞を吸っているときにトカゲなどに襲われたか、縄張り争いで傷ついたのか。

 カブトムシが木を下りていったので安心して吸汁しています。口吻の黒い筋ですが、口吻は筒ではなく、二つの樋(とい)が合わさった構造をしています。羽化したときに合わさるのですが、まれにうまく合わさらなくて、隙間が開いて樹液が漏れていることもあります。昆虫なのに四本脚に見えるのは、前の二本が退化して胸に折りたたまれているからです。

(左)コナラの木を下りてきたカブトムシ。飛べばいいのにと思いますが、飛ぶのは得意ではないので、特に緊急事態でないときは歩きます。樹液バーのヒエラルキーではトップの座ですが、天敵はタヌキやカラスです。(右)登ってきたのは、ノコギリカミキリでしょうか。

 樹液バーにゆっくり向かうのは、コクワガタのメス。無事に樹液バーにたどり着けたでしょうか。例年なら見られるオオスズメバチ、コガタスズメバチ、チャイロスズメバチやカナブン、ミヤマカミキリなどは見られません。

 貝母群生地のある陣場平から林道を見たところ。オニグルミの木が何本もあります。9月に拾いに来ます。右から登っている林道は、標識のある中央を300mほど下ると堂平大塚古墳。左へそのまま登っていくと、天城山(てしろやま)経由で鞍骨山(鞍骨城跡)。鞍骨山まではここから約1時間です。

 倒木にヒメカバイロタケ。毒キノコではない様ですが、不食です。不味いのでしょうか。だれか食べてみたのかな。

 テングタケ科の猛毒のドクツルタケかと思ったのですが、つばがないのでシロツルタケでしょう。可食ですが、死の天使といわれるドクツルタケやシロタマゴテングタケとうり二つなので絶対に食べてはいけません。なんらかの理由で、つばが落ちていることもあるのです。ドクツルタケは、一本で8人分の致死量の毒があります。

 妻女山松代招魂社。戊辰戦争以降の戦没者を祀っています。例年なら、拝殿の屋根や壁にオオムラサキがたくさん集まって昼寝をしたり舞ったりするのですが、今年は一頭も見られません。招魂社までは舗装路があり車で登れますが、1〜3月は凍結で危険。特に3月が危ない。

(左)招魂社の拝殿の中の額には、真田幸民(ゆきもと)(1850年生~1903年没)ではなく、滋野幸民と書かれています。松代藩の第10代(最後)の藩主で、伊達政宗の男系子孫です。戊辰戦争で新政府軍として参戦。北越戦争、会津戦争へ出兵し、重要な戦功を挙げ、新政府から賞典禄3万石を加増されました。 (右)鳥居脇にある妻女山と招魂社の説明。妻女山とはここではなく、100m上の斎場山(里俗伝謙信本陣跡)のことです。それが書かれていないのは残念。誤解を生みます。川中島の戦いの説明は、江戸時代に作られた物語で、おおよそ史実ではありません。
明治の暁を見ることなく散った男達! 妻女山松代招魂社(妻女山里山通信):戊辰戦争とは。

 千曲川対岸の堤防上から見た妻女山山系。(陣馬平は誤りで、正しくは陣場平)
「妻女山」「妻女山 行き方」「妻女山 地図」「斎場山」「さいじょざん」「さいじょうざん」:陣場平と鞍骨城へも。地図と鞍骨城へのトレッキング・スライドショー。

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ヨルシカ - 思想犯(OFFICIAL VIDEO)他(妻女山里山通信)

2020-07-21 | BABYMETAL・LOVEBITES・ジャズ・宮本佳林・クラシック
ヨルシカ / n-buna Official
俺は泥棒である。
往古来今、多様な泥棒が居るが、俺は奴等とは少し違う。
金を盗む訳では無い。骨董品宝石その他価値ある美術の類にも、とんと興味が無い。
俺は、音を盗む泥棒である。

ヨルシカ - 思想犯(OFFICIAL VIDEO)

作詞作曲、編曲(Words and Music): n-buna Vocal:suis
思想犯というテーマは、ジョージ・オーウェルの小説「1984」からの盗用である。そして盗用であると公言したこの瞬間、盗用はオマージュに姿を変える。盗用とオマージュの境界線は曖昧に在るようで、実は何処にも存在しない。逆もまた然りである。オマージュは全て盗用になり得る危うさを持つ。
この楽曲の詩は尾崎放哉の俳句と、その晩年をオマージュしている。
それは、きっと盗用とも言える。
 南米へ渡るジェットの中で「1984」を読んだ。眼下に太平洋やパンタナルのジャングル。このブログでも「IQ84の人生」という記事を載せている。

「つま先が立つ」は「妻、先立つ」なのか? アニメが暗示するもの。「さよならが 口を滑る」
他人に優しいあんたにこの孤独がわかるものか
死にたくないが生きられない、だから詩を書いている
烏の歌に茜
この孤独よ今詩に変われ
さよなら、君に茜
僕は今、夜を待つ
また明日。口が滑る
 歌詞の持つ力。昨年愛する12歳年下の元妻を失った言葉にできない喪失感と孤独が蘇る。

ヨルシカ - ヒッチコック (MUSIC VIDEO)


ヨルシカ - 花に亡霊(OFFICIAL VIDEO)


ヨルシカ - 盗作(Album Trailer)


ヨルシカ - エルマ (Album Trailer)


ヨルシカ - 負け犬にアンコールはいらない (Album Trailer)


だから僕は音楽を辞めた (Album Trailer)


ヨルシカ オフィシャルサイト

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長梅雨の晴れ間に妻女山の陣場平へ。カブトムシ・オオムラサキ・ハナビラタケ。絶品!丸茄子のおやき(妻女山里山通信)

2020-07-20 | アウトドア・ネイチャーフォト
 長梅雨の貴重な晴れ間ということで、朝から撮影にでかけました。新しい一眼レフを買ったので、その試し撮りもやっとできました。今回は、色々なエフェクトやら特殊な機能は使わずにノーマルで。まず妻女山奥の陣場平の手前にあるコナラの樹液バーへ。鞍骨山から下りてきた顔見知りの男性と邂逅。登山道の情報を尋ねました。

 カブトムシ三匹とアオカナブン一匹。寂しいですね。新型コロナウィルスで酒場に来るのを自粛しているのでしょうか。そうではありません。暖かすぎた3月に寒く遅霜に襲われた4月、そしてこの長雨。昆虫にとっても厳しい夏になりました。左のバックナンバーから、昨年以前の7月、8月の記事をご覧頂くと、今年の寂しさが分かると思います。
 左のカブトムシ二匹はペアです。以前の記事にも書きましたが、メスが吸汁中はオスはずっとメスに覆いかぶさって守るのです。で、警戒音を発するのですが、このオスは無言でした。周りに警戒すべき昆虫がいないからでしょう。今年のカブトムシは小さめです。幼虫期間に充分な栄養が摂取できなかったと思われます。

 1時間半後ぐらいに再び訪れました。メスが上に移っただけでほとんど変わりません。雨が多く樹液の出が悪いのです。梅雨明けして晴れると、樹木は水分を激しく吸い上げるようになります。すると樹液も大量に出ます。吹き出た樹液は白い結晶となります。空気に触れると発酵し、微量のアルコール分も含まれます。たくさん飲みすぎたオオスズメバチが千鳥足で歩いたり、木から落ちることもあります。それが樹液バーとか樹液酒場といわれる所以です。この後、アオカナブンは酔っ払ったのか突然ボトッと地面に落下しました。
カブトムシのオスがメスを守る際に出す奇妙な鳴き声。花と虫と万葉集(妻女山里山通信)

 カブトムシの目と触覚。視力はよくないようです。下唇が変化してオレンジ色のブラシ状となった口で樹液や果実の汁を吸うのですが、オスの場合はその角が邪魔になって口が樹液に届かないこともあります。

 久しぶりの陣場平。貝母は枯れて倒れて土に還る途中です。中央のクマノミズキは、緑色の実がなっています。ヒグラシが鳴いていますが、アブラゼミやミンミンゼミなどの夏ゼミはまだです。アカタテハが一頭舞っていました。

(左)ヒヨドリバナ。ミドリヒョウモンが吸蜜に飛来しました。(右)セリバオウレンは種が飛んでいます。増えてくれるといいのですが。冬に他の草が枯れても葉が緑なのでニホンカモシカに食べられてしまいます。なにか対策を立てなければと考えています。

(左)シオヤアブがなにか獲物を捕まえています。(右)フキバッタ。翅が退化して飛べないので地域変異が大きい種です。夏になるとメスは、林道の砂地に腹を差し込んで産卵します。以前はこれをミヤマフキバッタと記していたのですが、どうもそうではないらしい。正確な同定はできませんが、ミカドフキバッタに似ています。

 倒木に苔。上に伸びているのは苔の胞子嚢です。ここから胞子を飛ばして増えていきます。手ブレ補正が強力なので、もう少し絞って被写界深度を深めたほうがよかったと思います。使い始めなのでまあこんなものです。

(左)昼は堂平大塚古墳へ。ログハウスを借りて昼食です。下の写真にあるナス、モッツァレラチーズ、トマト、油味噌のおやきを冷やしてきました。美味です。(右)西山方面と千曲川。北アルプスは雲の中。

 突然一頭のオオムラサキのオスが飛来して、水道の凍結防止のテープに止まりました。水の匂いがするのでしょうか。しかし、相当に翅が傷んでいますね。樹液が出る前は、地上のイノシシの糞などを吸います。そのときに蛇やトカゲに襲われることがあるのです。拙書では、コラムで翅をほとんど食われたオオムラサキのメスの記事を紹介しています。

(左)「み、み、み、水〜…」という声が聞こえてきそうです。(右)黒い点は偽瞳孔。

 下山して林道倉科坂線へ。もう散っているだろうと思ったネムノキが満開でした。そうか真ん中のは実ではなくて、これから咲く蕾(つぼみ)なんですね。

 美しいです。フックになる木の枝を探して、下げて撮影しました。繊細で美しい花です。

 幻のキノコ、ハナビラタケを発見。ハナビラタケ(Sparassis crispa)は、担子菌門ハラタケ綱タマチョレイタケ目ハナビラタケ科ハナビラタケ属。これは幅が25センチ、高さが15センチありました。βグルカンが豊富で栽培もされていますが、大変高価なキノコです。腐朽菌で側にある落葉松か赤松の仮導管の壁を貫通して菌糸が蔓延しているはずです。
 天ぷら、湯がいてサラダ、クリームパスタ、アヒージョ、豚肉と中華炒めなどに。冷凍保存や乾燥保存もできます。幻といわれるのは、発生時期が梅雨時でいわゆるキノコ狩りの季節でなく、舞茸などと同じくシロを知らないと採れないキノコだからです。一度出たら同じところからは数年出ません。

 戻って妻女山展望台へ。善光寺平の眺め。戸隠や飯縄山の稜線は雲の中。夏の匂いがしますが蒸し暑い。梅雨は明けそうにありません。フィリピンの火山が大爆発して冷夏になり米不足だった1993年に似ています。今年はフィリピンに加えてインドネシアでも大規模な火山噴火が起きています。

 今回新調したカメラです。オリンパスの新フラッグシップモデル、OM-D E-M1 MarkⅢ。レンズは、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0 ASPH./POWER O.I.S. H-ES12060とM.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macroです。ラバーフードなのは、ハーネスを付けてカメラを首から下げて岩登りをすることがあるからです。そのためフルサイズの一眼では大きすぎて重すぎるのです。敷いてある手ぬぐいは、国立科学博物館の南方熊楠展で買い求めたもの。描いてあるのは粘菌です。拙書はすべてオリンパスE-330で撮影したのですが、これはそれより小さく遥かに高機能です。使いこなすにはしばらく時間が必要です。

 お昼に食べたのは前日に作った丸茄子のおやき。右の二つは、祖先を同根とする女性が発案したもので、丸茄子、モッツァレラチーズ、トマト、油味噌をおやきにしたもの。粉は、友人が作ったイガチクオレゴン(伊賀筑後オレゴン:通称イガチク)。これは絶妙なハーモニーで、たいへん美味でした。その左は、タラの内臓のキムチ、チャンジャを挟んだもの。これも美味でした。左端は、通常の油味噌に柚子胡椒を入れたもの。なんとこれが一番微妙な味でした。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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松本の歴史が詰まった山辺へ。旧山辺学校・兎川寺・林城・林集落・千鹿頭神社。出雲族・安曇族・洩矢族(妻女山里山通信)

2020-07-15 | 歴史・地理・雑学
 翌日は雨上がり。まず里山保全と撮影の際に凹んだバンパーの修理を手伝ってもらいました。その後、松本の山辺(やまべ)に向かいました。中心街を通ると混むので、浅間温泉経由で。山辺は縄文時代の遺跡があり、平安時代の『倭名類聚鈔』(わみょうるいじゅうしょう)にでてくる山家の郷(やまんべのごう)にあたるところで、針塚古墳をはじめとして現在も多くの文化財が残っています。

 旧山辺学校は明治6年(1873)、兎川(とせん)学校として発足、この校舎は、明治18年(1885)に建てられました。国宝に指定されている旧開智学校の校舎を見た村人が、おらほうにもこんな洋風建築の学校が欲しいと頑張って建てました。さすが教育県。県宝で、現在は歴史民俗資料館として利用されています。

(左)明治22年(1889)の完成記念の式典の記念写真。里山辺村・入山辺村の2村の生徒児童ですが、大勢ですね。(右)旧開智学校との比較なんですが、規模も違いますし、建築費用も10分の1ぐらいですし、無理に比較する必要もないかと。
旧山辺学校(Wikipedia)

(左)当時の社会科の地理の教科書。(右)懐かしいヤマハのオルガン。1887年に国産第1号のオルガンを完成させました。母校の清野小学校にも何台もありました。当時でもうアンティークでしたが、その柔らかい音が好きでした。

(左)今の中学生ぐらいの年の生徒の作品。よく観察して丁寧に描き込んでいます。デッサンも正確ですね。いい絵です。その形と大きさから善光寺の山門で間違いないでしょう。(右)時代は戦時中。林集落から見る半地下の工場。軍需工場なのでしょう。敵に見つからないようにドーム型の屋根に土を乗せて草を生やしています。

(左)高度経済成長以前の旧家の部屋の再現。子供時代にリアルにこういう家に住んでいたので懐かしい。昔は結婚式も家でしたので、赤黒の漆塗りのお膳や漆塗りのお椀セットや酒器も50人分以上ありました。まるで旅館でした。身内は宴席のお取り持ちをするので、台所仕事は組の女性がします。共同体が生きていた時代でした。(右)唐箕(とうみ)。籾殻や麦殻、小豆や大豆、胡麻などの選別をする道具なんですが、私は帰郷してからこれを使っていました。最近は使っていませんが、まだあります。その旧家は、幕末に長く名主を勤めた逸作爺が建てたもので、その家族や子孫、そして私も11歳まで住んでいました。土間が12畳、台所が10畳、居間が10畳、その北の間が10畳、中の間が10畳、その北に5畳と6畳、座敷が12畳、奥座敷が10畳で北の間から奥座敷まで廊下がありました。11歳の頃築150年で土台が沈下し、松代i群発地震では、梁が抜けて震度5の時には、亡父があと5センチ抜けたら崩壊するという事態でした。このままでは重要文化財になってしまい面倒なことになると、父が新築しました(笑)。でもそのおかげで私は想い入れのない新しい家にいる必然性がなくなり、生来の放浪癖が芽生え、アンデスやアマゾンやらノルウェーやら世界に放浪するきっかけとなったというのは、誰も知りません(笑)。

(左)藍も作っていたのですね。藍染は今となってはむしろ新しい。インディゴブルーが美しい。(右)林城大城の北側では池で氷を作っていたそうです。馬が大活躍。

(左)入山辺厩所(まやどころ)の貧乏神送りで使われる藁馬(わらうま)。念仏を唱え、薄川(すすきがわ)へ運び焼き払います。(右)お船祭りのお船。里山辺の須々岐水(すすきがわ)神社にて、毎年5月5日(御柱祭(干支でいう卯、酉)の年には4日)に行われる祭事です。「日本後紀」延暦18年12月甲戌条に、高句麗から渡来した信濃国人卦婁真老(外従六位下)は「須々岐」の姓を与えられたとあります。梶の木の紋が観られる様に、穂高神社のお船祭りと同様に、安曇族や諏訪社と深い関係があります。安曇族は、古事記によると、出雲族の長が北九州に遊びに行ってそのまま定着したとか。木彫は、宮彫りの名工、諏訪立川流の彫師が携わっています。

(左)小笠原氏城跡と松本平一円の城郭群。城だらけ。(右)針塚古墳。高句麗様式の積石塚古墳。大室古墳群や妻女山山系の積石塚古墳とほぼ同年代の古墳です。墳頂部の竪穴式石室内からは内行花文鏡(ないこうかもんきょう)をはじめ、鉄斧(てっぷ)、鉄鏃(てつぞく)、刀子(とうす 小刀)、ガラス小玉、滑石製紡錘車(かっせきせいぼうすいしゃ 糸をつむぐときに使用するはずみ車)、かこ(かねへんに交+具 例えば馬に鞍を取りつけるためのベルトを固定する金具)が発見されました。高句麗は、ツングース系の騎馬民族で、日本に馬産を伝えました。

(左)向かいにある真言宗智山派の寺院、恵日高照山兎川霊瑞寺へ。通称は兎川寺(とせんじ)。本尊は千手観音。約1300年前の飛鳥時代、聖徳太子により創建されたと伝わっています。(右)一文字納経。般若心経のいづれかの箇所一文字を石に書いて納めた後で、書いた経本の文字を黒く塗ります。私は色、息子は波と書いて納めました。「色」はこの世のすべての事物や現象。「波」は波動であり、宇宙全てのものはウィトゲンシュタインのいう様にスパーラル運動をし、渚の様に波打ちその表面で寄せては返し行き交うのです。「色即是空 空即是色」。パルス、フラクタル、相似律、食物連鎖、なんちゃらかんちゃら。宗教であれ哲学であれイデオロギーであれ思想であれ科学であれ信じないことです。常に疑う。信じた瞬間に思考が止まる。それは奴隷になること。専門家や学者が全てを知っているわけではありません、専門馬鹿に陥っていることもあるのです。とにかく自分で考える。限界を知りつつ限界を認めず探求する。それが生きるということではないでしょうか。野生動物は死の瞬間まで生きることを諦めません。
 ボードリヤール、スーザン・ソンタグ、グスタフ・ルネ・ホッケ、R.D.レイン、JG.バラード、ホイジンガー、ライアル・ワトソン、ピカート、バックミンスター・フラー、アラン・ジュフロワ、G.バタイユ等々辺りをもう一回読み直してみようかなと思っている今日この頃です。

(左)小笠原の三段菱の中に兎が。(右)続いて須々岐水(すすきがわ)神社へ参拝。鳥居手前にお船の収納小屋がありました。

(左)薄川の金華橋を渡り、林城への林道を車で登ります。道は細く悪路。上に行くと右側が崖の様な急斜面なので要注意。本郭の手前に駐車スペースがあります。(右)城跡に咲くオカトラノオで吸蜜するミドリヒョウモン。

 本郭にある案内図「林城跡とその周辺」。小城を合わせると非常に大きな山城です。
 信濃国守護であった小笠原氏は、当初は井川館を拠点にしていたが、長禄3年(1459年)、府中小笠原家の小笠原清宗が林城を築城したとされる。後に清宗の曾孫小笠原長棟が同族の松尾小笠原氏を屈服させ、小笠原氏を統一した後に拠点を移した。 天文19年(1550年)に長棟の子小笠原長時が武田信玄に攻められ一夜のうちに落城した。 林大城(金華山城)と林小城(福山城)からなる。麓の大嵩崎集落には館町が形成されていた。(Wikipedia)

(左)林城の本郭。かなりの広さがあります。下山後は、上の図の左の林集落(旧筑摩県筑摩郡林村)へ向かいます。(右)林集落の真ん中を抜ける兎川寺鎌田線。この集落には驚きました。家々が凄く立派で、各家には二つか三つのなまこ壁の蔵があるのです。こんな集落は見たことがありません。途中で左折すると右手に岩波酒造が。近くには昔は名主をやっていたのではという様な立派な屋敷がありました。東西に伸びる町を立町といい屋敷割がされていて武家の町。南北の町を横町といい職人や商人の町だったそうです。ここが我が一族の祖といわれる林采女の生誕の地なのでしょうか。実は、我が家の祖先は林太郎左衛門といい真田昌幸に使えた500騎の騎馬隊を束ねる武将でした。息子は林源次郎寛高といい真田信繁(幸村)の7人の影武者のひとりで大阪夏の陣で討ち死にしたと伝えられています。その後生き残った7人で某所に林村を作ったとか。それがここかは不明です。そして、そのうちのひとり、林采女が真田の松代に移り住み帰農したと伝わっています。
 廣澤寺山門前のスペースに駐車して、千鹿頭神社(ちかとうじんじゃ)へ向かいます。廣澤寺の下の田んぼを「兎田」と言います。小笠原清宗の三男、林藤助光政が兎を狩って、徳川有親親子に御馳走したと伝わります。その恩を忘れずにと徳川家では正月にうさぎの吸い物を食べる習わしがあるとか。

(左)千鹿頭神社の林側の鳥居。反対側には神田の鳥居があります。(右)神田側は高遠藩、林側は松本藩。よって本殿も二つあります。古代からの洩矢(もれや)の神の系譜で「千鹿頭大神」を祀り、諏訪信仰と深いつながりのある神社といわれています。この地の産土神(うぶすながみ)です。祭神は、内県命または千鹿頭神で、大国主命の御子で諏訪大社の祭神である建御名方命の御子神といわれています。
 守宅神、生まれて霊異幹力あり、父に代りて弓矢を負ひ、大神に従ひ遊猟し、千の鹿を得る。一男有りて、これを名つけて千鹿頭神と曰ふ。 千鹿頭神、継ぎて祭政を主(つかさど)る。
千鹿頭神(ちかとのかみ、ちかとうのかみ)(Wikipedia)

(左)左の本殿には「林」の文字が。(右)本殿後背にある後宮。かつては服神社(はてがみしゃ)と呼ばれ、先の宮と同等だったといわれます。これも林と神田の二社があります。(林古城会他)

(左)諏訪系の神社なので御柱があります。諏訪直系の神社なのに、松代の産土神の皆神神社と会津比売神社に、御柱がないのが不思議です。(右)遅い昼は、そばの里 六助へ。私は蕎麦150グラムの天ざる小を。天ぷらがつくのでこれぐらいで満足です。海老が味が濃くて美味。平日のランチは超お得。大きな海老天が別盛りでつく鍋焼きうどん(冬期限定)もおすすめ。気取って頂く蕎麦ではありませんが、味もコスパも最高です。信州の蕎麦屋は、東京のようにザルの膨らんだ方を上に向けて盛る様なことはしません。なので、うかつに大盛りを頼むととんでもない量の蕎麦が来ることがあります。ご注意を。満足して帰路につきましたが、豪雨であちこちに被害が出て通行止めが各所にあります。必ず情報の確認を。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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雨の安曇野へ。支那そば凱歌・豊科温泉 湯多里山の神・関西風蒲焼きの大黒屋・豊科の鄙びた飲み屋街(妻女山里山通信)

2020-07-13 | 歴史・地理・雑学
 雨の安曇野へ。朝あまりの豪雨で出発を30分遅らせました。長男のところへ行って、ドライブレコーダーの取り付けと、里山保全と撮影の際に凹んだバンパーの修理を手伝ってもらいました。

 国道403号を麻績村の聖高原へ。聖湖に着くと小雨になっていました。三峯山は雲の中。対岸の桟橋では何人かの太公望がへらぶな釣りをしていました。10時過ぎに着いて小休止の後ドライブレコーダーの取り付け。悪戦苦闘の末、コードも上手く隠して完了。

 昼は支那そばが食べたいという私の希望で、松本の支那そばの凱歌(がいか)へ。スープは古典的な支那そばの様に澄んではいませんが、こってりではなくコクがある感じ。味玉をつけました。麺はやや硬め。チャーシューは柔らかい。満足でした。

 午後にバンパーの修理をしようと思いましたが、雨が酷くなったので諦めて豊科温泉 湯多里山の神へ。かなり強いアルカリ泉で、ぬるぬるしています。美肌の湯。湯船も小さめですが露天風呂もあります。松本にも近いのに山の中で、秘湯の雰囲気があります。

 夕食は、前日息子に予約してもらっておいたうなぎの大黒屋へ。なぜこの店かというと、信州では珍しい関西風の蒲焼きを供する店なのです。関東風と違い蒸しません。そのため皮がパリパリとして香ばしく中はふんわり。初めて食べましたが、関東風とはまた違う美味しさがありました。肝焼きも美味でした。お吸い物は、海老と湯葉と練り物が、味も関西風の薄味で上品。おそらくご主人は関西で修行されたのでしょう。信州で関西風は、ここだけかも知れません。

 帰りは雨上がりの豊科の夜の街を散歩。駅前通りの南側には、鄙びた飲み屋街があちこちにあります。なんていうか場末の温泉街の様です。左は元映画館をリニューアルして飲み屋街にしたもの。右は向こうにタイ料理屋の亜細亜。

 飲み屋の長屋があちこちに。コロナの影響でしょうね。カラオケが聞こえてきたのは一軒だけでした。帰って色々なチーズセットで赤ワインを飲みながら再開したJリーグの試合を観ました。翌日は、我が一族のルーツといわれる旧山辺学校に林藤助・小笠原長時の林城と、麓の林集落へ向かいます。これが驚愕のものでした。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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ハロプロ Juice=Juiceの井上玲音と高木紗友希と宮本佳林の珠玉のソロ&デュエット&BABYMETAL(妻女山里山通信)

2020-07-09 | BABYMETAL・LOVEBITES・ジャズ・宮本佳林・クラシック
「井上玲音がJuice=Juiceの歌を・・・」#03 「ポツリと」

れいれいの澄んだ歌声にかなとものハーモニーが美しくゴージャス。

「井上玲音がJuice=Juiceの歌を・・・」#02 「私が言う前に抱きしめなきゃね」

インディーズデビュー曲。当時を思い出す。可愛いね。

「井上玲音がJuice=Juiceの歌を・・・」#01 『「ひとりで生きられそう」って それってねえ褒めているの?』

オリジナルよりややスローテンポで、激情的ではないけれど、たいせいのピアノとよく合っている。彼女と宮本佳林が在籍するステージを観たい。
この歌詞は、多くの女性の心に響くと思う。男だってひとりで生きられそうなんて言われたくはない。人は一人で生きているわけではないからね。

「ひとりで生きられそう」ってそれってねえ、褒めているの? 宮本佳林 歌詞 字幕入り

ライブ。上の歌唱と比べると、そのアグレッシブな歌声とダンスが珠玉だと分かります。

高木紗友希「逢いたくていま」カバー

MISIAの名バラード「逢いたくていま」のカバー。さすがの歌唱力。聞き惚れました。この歌を私より一回り年下なのに天国に行ってしまった妻に捧げたいと思います。

♪宮本佳林『only choice』(2019年10月17日Zepp Tokyo)

これ一緒に歌ってみてください。どこでブレスするの。彼女のアクティブな魅力が詰まった曲。

Va-Va-Voom Juice=Juice

メロウなスウィートバラードから、こんなハードテイストの曲もこなせるのがJuice=Juiceの凄いところ。佳林ちゃんがいるバージョンも聞いてみたい。

BABYMETAL - NO RAIN, NO RAINBOW 【Live Blu-ray/DVD 「LEGEND - S - BAPTISM XX -」】

「止まない雨はない。絶望さえも光になる。」:長野県も昨年はひどい水害に見舞われました。今年も長野県や岐阜県が。熊本はじめ水害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。政府や自治体は復興を速やかにお願いしたい。明日は我が身、自分のシミュレーションをしておきましょう。ハザードマップの確認も。自治体の避難場所が必ずしも正しくないのは、昨年の台風19号で証明済み。自分で考えることが大事です。

 長いこと私のブログを御覧いただいている方はご承知でしょうが、自然や歴史やグルメの記事に混じってアイドルの記事が登場します。在京時代は編集プロダクションやフリーで、朝日新聞、凸版印刷、旺文社、キヤノン、パナソニック、電通、各種代理店や出版社の仕事をアートディレクターやデザイン・プロデューサーとして仕事をしてきましたが、若い頃はアイドル雑誌のデザインや撮影のディレクションもしていました。アイドルやアイドルの卵から相談を受けたりしました。なので歌やダンスが大好きなアイドルを応援したいのです。でも条件があります。可愛いとか美人だけではなく実力があること。生歌で歌える。ダンスが上手い。ということでハロプロとさくら学院、BABYMETALを応援しているのです。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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濃緑の陣場平へ。クマノミズキの花、ネムノキの花。トラフシジミと邂逅(妻女山里山通信)

2020-07-03 | アウトドア・ネイチャーフォト
 かなり雨が降った後の梅雨の晴れ間。昼前後は晴れという予報でしたが、実際は曇り空。わずかに青空が見える程度なので、なかなか湿度が下がりませんでした。久しぶりに妻女山の陣場平へ。この季節はヤブ蚊が凄いので、長袖はもちろん、虫除けスプレーを念入りに。ネット付きの帽子も。

 陣場平。濃緑(こみどり)で鬱蒼としています。貝母は枯れて全て倒れています。そのまま土に還ります。次回の妻女山里山デザイン・プロジェクトでは、帰化植物の除去と陣場平全体の除草を考えています。梅雨明けに除草すると、今まで何年も眠っていた従来の植物が発芽する可能性があるのです。

 陣場平の中央にあるクマノミズキ(熊野水木)。この北側の斜面には、ミズキもあります。葉がミズキは互生で、クマノミズキは対生です。葉もやや小さい。このクマノミズキも私が11年前に発見した時には。根本が50センチもあるヤマフジに巻き付かれて、枯れる寸前でした。水分が多い木で、春に大量の水分を吸い上げる時には、溢れ出し、樹液酵母が見られます。

(左)クマノミズキの花。愛らしい花です。(右)結実しているものも。やがて丸く緑色になり、秋には青くなり晩秋には黒紫に。森の小鳥の餌です。小枝はピンクから真っ赤になります。私は森の珊瑚と呼んでいます。

(左)除去すべき帰化植物を探します。これはオオブタクサ。放っておくと高さが3m、茎が5センチにもなります。毎年仲間と除去作業をしているので、ずいぶんと少なくなりましたが、絶滅は困難です。葉の左に小さな昆虫。(右)沼の平湿原で見たヒメギスでした。

(左)陣場平入り口には、オニグルミやヒメグルミの木が多いのですが、これは違いますね。丸いのでシナノグルミでしょうか。9月に拾いに来ます。野生の胡桃は味が濃くて美味です。(右)陣場平下の、前回除草したギャップへ。

(左)センニンソウ(仙人草)。8月末から9月上旬に、香りのいいブライダルブーケの様な純白の花をたくさん咲かせます。漢方薬で毒草。汁に触れると水疱ができたりかぶれることがあります。(右)ガガイモ(鏡芋、鏡芋、芄蘭)。古名をカガミまたはカガミグサといい、古事記には、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)がガガイモの莢(さや)の舟に乗って大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れたとあります。これも漢方薬ですが毒草です。

(左)山椒の実。もう固くて縮緬山椒にはなりませんが、赤くなると七味唐辛子の材料になります。(右)堂平大塚古墳へ。今は亡き山仲間のKさんが植えた白南天が結実していました。我が家にも白南天と赤南天があり、正月に飾りますが。難転といって縁起木として愛されてきました。 めぼしい昆虫が見られないので、下って林道倉科坂線へ。

 ネムノキ(合歓木)の花。樹高10〜15mぐらいになり、花は樹冠で咲くのでなかなかこんな風に近接撮影はできません。長く伸びた線香花火のような紅色の雄しべが美しい花です。花弁は5つで真ん中に雌しべがあります。

 ネムノキの名前は、夜になると葉が閉じてしまうことからです。葉全体が茎に付着する部分と小さな葉がそれぞれ付着する部分(葉柄)の基部がふくれていて(葉枕)その細胞内圧力(膨圧)が昼夜で変化するので葉が閉じたり開いたりするのだそうですが、何かの防御機能なのでしょうか。この葉は合歓皮(ごうかんひ)といって漢方薬です。利尿、強壮、鎮痛、腰痛、打ち身、腫れ物、水虫、手荒れ、精神安定などに効くそうです。貝原益軒は「この木を植えると人の怒りを除き、若葉を食べると五臓を安じ、気をやわらげる」と記しています。

(左)ネムノキの根には根粒ができます。根粒バクテリアと共生関係にあるのです。(右)ネムノキの実。マメ科であることが分かります。
「わぎも子が 形身の合歓木(ねぶ)は 花のみに 咲きてけだしく 実にならじかも」大伴家持(巻八-1463)
 (あなたからもらった形身の合歓木は、花が咲くばかりで実にはならないかもしれません・・)

(左)オカトラノオ(丘虎の尾)。(右)アリが好む花です。

 ヌルデ(白膠木)。ウルシ科なのでまれにかぶれる人もいます。葉軸に翼があるので同定は容易でしょう。生薬名は、塩麩子(えんふし)・塩麩葉(えんふよう)・五倍子(ごばいし)。ヌルデにできる虫こぶ(ゴール)のことを五倍子といいます。これは、ヌルデの若芽にアブラムシ科のヌルデノミミフシが寄生し、枝の翼に卵を産み付け、それが耳状にふくれたものです。
「足柄の 吾を可鶏山の *かづの木の 吾をかつさねも かづさかずとも」(詠人知らず) 万葉集(巻14)東歌 *カヅノキ(可頭乃木)=ヌルデ

 夏型のトラフシジミ(虎斑小灰蝶)。羽根の表はコバルトブルー。幼虫は、フジ、クズ、クサフジなどの花やつぼみを食べます。翅を開いてくれると美しいのですが。飛び去って行く時にキラッと光る翅の表が見えました。ルリシジミと思われる個体と、オオムラサキのオスとメスも一頭ずつ確認しました。梅雨明けが楽しみです。

 雨ばかりで暇なので作りました。郷土料理、信州丸なすのおやき。ミョウガで香り付けと、青紫蘇で挟んだもの。粉は幻の伊賀筑オレゴンです。モーニング娘。20の羽賀朱音ちゃんのトレンドマーク。彼女のおばあちゃんが飯綱でおやき屋さんをやっています。手作りのものは、砂糖なんぞは入れません。野菜と信州糀味噌の甘みで充分です。妻が20年前に作ったオリジナルレシピです。 

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