
庭田朝子(ニワタアサコ)(1437~1492)の父は権大納言庭田長賢(ナガカタ)で、庭田ということからも、貞成親王(サダフサ)の正室で後花園天皇の生母庭田幸子(ユキコ)は大叔母にあたりますし、庭田資子(シシ)は貞成親王の父栄仁親王(ヨシヒト)を産んでいるので、庭田家は伏見宮家に長く仕えていたようですね。
朝子の御陵般舟院陵(ハンジュウインノミササギ)(上京区千本今出川東般舟院前町)の制札です

親王時代の第103代後土御門天皇(1442~1500)(在位1464~1500)に召されて、庭田朝子は後の第104代後柏原天皇(1464~1526)(在位1500~1526)になる勝仁親王(カツヒト)や尊伝入道親王(ソンデン)(1473~1504)を産んでいます。
勝仁親王が天皇になったので、即位後朝子に皇太后宮が与えられたので般舟院陵の筆頭に御陵として皇后として祀られています
返事
花水木さん:必殺仕叶lでは無理なので、
ここはゴルゴ13の出番ですが、斎藤先生は死んじゃいましたね。
プーチンはどう終わらせたいのですかね?
Toitennさん:5円以上は持って食べに行ってくださいね。