またまた「京へと続く街道あるき」から無断借用のですが。京都大学の塀に沿って吉田山との間を直角に進むと、京大構内によって分断された志賀越道(シガゴエミチ)に又出会えることがよく解りますね。
吉田山にある吉田神社は859年創建で、一時は藤原氏の守り神として全盛を誇っていましたが、今は何となく節分の日だけ有名になる神社のイメージが有ります。
吉田神社のある吉田山は、船岡山・双ヶ丘(ナラビガオカ)と並んで、平安京造営にあたって基準になったと思われる、京都盆地の中にある山と言うか丘ですし、吉田神社の北の裏参道近くに立つ石柱にも、この山の周囲にある天皇陵の名が有りました。
斜めの志賀越道が今出川通と交差する手前に、結構立派な大日如来石像が有りました。
その軒先に立つ北白川西町道標、1849(嘉永2)年建立
東 吉田社 銀閣寺 真如堂 黒谷
すく 比えいさん 唐崎 坂本
北 北野天満宮 平野社 下上加茂 今宮 金閣寺
南 三条大橋 祇園 清水 知恩院 東西本願寺
沢山の行き先が書いてある大きな道標ですが、一番遠い唐崎や坂本が何故「すく」なのか不明です。
今出川と志賀越道が斜めに交叉する交差点には、先の大日如来石像よりも大きくて目立つ 子安観世音(白川石仏)が有ります。
交通量も多く目だつ場所にあるので、私も存在を知ってましたが、最近車が突っ込んで一部が欠ける事故もあったようです。