道端にあった地図の青矢印に沿って、左端の子安観世音から志賀越道を進みます。
すぐに疏水分線(白川疏水)を跨ぎました。
哲学の道沿いから銀閣寺で西へ折れた疏水分線は、高度を保ちながら不思議にも南から北へと流れて、松ヶ崎浄水場まで行ってます。
志賀越道と疏水分線が交差する位置には、こんなトーチカのようなセメント造りの円柱の建物が有って、疎水と関係ありそうですが、何の説明文も有りませんでした。
このすぐ北には京大農学部グランドが有って、大学入学早々のほぼ素人の私も、このグランドでデビューしてますし、その冬には雨の中独走の初トライもした、想い出の地です。
志賀越道から一筋北に 京大人文科学研究所 のスペイン風の目立つ建物が有ります。
東畑謙三というまあ名のある人の設計だそうです。
この辺りは、私が尊敬してたぐらいの大学の友人が下宿していたので、よく歩いた場所です。