島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

志賀山越9.

2024-08-25 | 京都へ、京都から

 北白川通と斜めに交差した志賀越道は、以前山中越がよく混んでいた時には通り抜けていましたが、今はほとんど通ったことが無い道でしたので、この途中にこんな天神宮神社が有るのは知りませんでした。

 北白川天神宮(キタシラカワテンシングウ)は道真を祀る天満宮ではなくて、飛鳥時代から少彦名命(スクナヒコノミコト)を祭神として、縄文時代から集落が営まれていた地域に根ざした神社のようです。

 白川は石と花の里で、男は石工でその技術を1894(明治27)年に架橋された、この萬生橋に残し、女は白川女(シラカワメ)として、代々受け継いだ地域に花を届けていたそうです。

 そしてなんと、車で再々通っていた道の向こう側に、宮内庁治定陵墓を見つけてしまいました。

智成親王(サトナリシンノウ)(1856~1872)は全く知らない親王で、私の天皇陵巡りでも落ちていた陵墓ですが、伏見宮邦家親王第13王子で17歳で亡くなっていますが、墓はかなり大きいです。

 青矢印に沿って進んでいき、ここからは青点線に沿って山を越え琵琶湖に至りますが、山道の割には交通量も多い山中越を自転車で走るのは、体力も時間もないので、市バス③系統のバスのようにここでUターンして、志賀山越・荒神口は終了します。

 次からは一番有名な東海道・三条口になりますが、取材も滞り気味なので、ボチボチ開始します。


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6 コメント

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Unknown (花水木)
2024-08-25 14:09:41
今の日本の国土と人口を考えたら、昔は随分と贅沢なお墓を拵えていたのですね。
今も菩提寺行き、上から見下ろすと、凄い数の墓石。これからの墓地は、何か法律で規制しないと、空いた場所がお墓だらけになってしまいますね。

まだ暑さが続きます。
取材無理しませんように。
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Unknown (Toitenlabee)
2024-08-25 14:35:02
自転車の旅、再開、気をつけてくださいね。
ヘルメットかぶってます?
うちのあたりじゃ、おっちゃん、おばちゃん、小さなこどもは、かぶってますね。
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花水木さんへ (島の医者になって)
2024-08-25 14:37:50
お墓の需要は無くなってくると思うし、墓仕舞いやお墓を作らない人も出てきてるので、心配ないと思います。

 秋になって取材できる環境になれば嬉しいのですが。
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Toitenlaさんへ (島の医者になって)
2024-08-25 16:34:50
歩いてもいけるぐらいのスーパーに行く時も、ヘルメットかぶって、スーパ内でもつけたまま歩いていますので、スーパーでこけても安心です。
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Unknown (Toitenlabee)
2024-08-25 20:46:52
あははは、、、確かに、それは、スーパーで転んでも、棚からなんか落ちて来ても大丈夫ですね!笑
原付のヘルメットは、ちょっと恥ずかしいですが。
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Toitenlaさんへ (島の医者になって)
2024-08-26 06:19:42
私のヘルメットは布製?です。
帽子やヘルメットが全く似合わない頭なので、かぶってるだけで相当恥ずかしいですよ。
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