島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

竹輪の友

2024-01-19 | ノンジャンル

 老々介護も2ケ月以上たって、家事のすべてを取り仕切る身にとって、食事の献立には苦労してます。

と言っても、弁当か総菜か冷凍ものか肉を焼くぐらいですが。

 冷凍ラーメンに竹輪・ベーコン・玉子・もやし・キャベツ・海苔をトッピングしたら、麺も隠れるまあまあ豪華な800円のラーメンになります。

 冷凍味噌煮込みうどんにも、玉子・キャベツ、貰いものの生シイタケ、そして私の食卓には欠かせない竹輪を入れてます。

 麺類だけがレパートリーではなく、肉も焼くだけでなく、冷蔵庫に残ってた創味のつゆに砂糖を加えて煮てみました。

勿論キャベツ・貰った生シイタケに加えて、玉子に隠れていますが、竹馬の友ではなく竹輪の友も入れて、すき焼き風にしてみました。

 レトルトカレーも食べてますが、これまた同じくキャベツ・肉・福神漬け・肉と同量の竹輪をトッピング。

それにしても竹輪がこんなに好きとは、やっぱり安いし、私と同じく中身がない所が気に入ってるのですかね。

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66.水まる餅

2024-01-17 | 菓子たくさん

 正月伏見稲荷大社初詣のお土産として、家内のママ友から差し入れが有った 水まる餅 3個入りです。

 中には風船に入った透明のお菓子が入っています。

伏見稲荷大社参道にある 本家マルモチヤ(まるもち家) のお餅と言うか羊羹と言うかわらび餅と言うか、まあお菓子です。

 本体はカロリーゼロ、黒蜜ときな粉以外につまようじも付いていて、これで穴をあけて、つるっと水もちが出てくる仕掛けになってます。

 出てきたらもう真ん丸ではありません、それに黒蜜ときな粉をかけて食べますが、本体は食感だけを楽しむようです。

貰いものですので美味しく食べますが、これ1個500円以上するので、なかなか買おうとは思いません。

 子供の時、これと同じように風船に入った羊羹が有りましたよ。

割ってしまうと普通の丸い羊羹になるので、私は一気に割らずに口を開けて、ジワジワにょろにょろ出てくる羊羹を吸うように食べてました。

同じように割らずに留め金を解いて2個目はいただきますと、同じようにジュルジュル出てきましたが、単独だと味はないので、やはり黒蜜ときな粉をかけて食べました。

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第42回全国都道府県対抗女子駅伝

2024-01-14 | ノンジャンル

 毎年冬に京都で開催される全国都道府県対抗女子駅伝、1区では漫画なのか筋書きなのか、石川県の選手がぶっちぎりで1位、写真の2区で世界レベルの兵庫の田中選手に抜かれ、最終的には40位以下でしたが、競技場の拍手を浴びてゴールしてましたね。

写真の2区、テレビ画面の地図でも書いてるように、鞍馬街道起点の紫明通りを走ります。

 結局宮城が最終区で兵庫を追い抜き優勝しましたが、京都も最終区大大逆転劇かと思わせる場面もありましたが、まあ健闘の2位。

駅伝は千本北大路で観ることにしてる娘夫婦、年末の高校駅伝では映りませんでしたが、孫Ⅲ-1には緑の、孫Ⅲ-2には黄色のジャンパーを着せて、映る気満々で臨んだ今回、復路9区でわずかに映ってるとLINEが有りました。

録画を再生してみると、青〇で囲んだ部分に黄色の服の孫Ⅲ-2が辛うじて映っていたので、それなりに嬉しくなりました。

 今日は後輩が馬主の馬に池添騎手が乗ってるので、一着固定で買いましたが、惜しくも差されてしまい、安い三連複だけになりましたが、それなりに嬉しかったです。

 今日は孫Ⅱ‐2の中学受験合格の知らせも有ったので、それなりに嬉しい3連発です。

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鞍馬街道11.

2024-01-12 | 京都へ、京都から

 写真は昭和13年作成の地図ですが、大正元年の地図と比べると、30年間ぐらいの間に植物園近くまで民家が迫ってきてますね。

前回を出て松ヶ崎疏水を渡って、今は真っ直ぐな下鴨中通りですが、私が生まれる10年ほど前は、ここに古墳でもあったのか、左に避けるように鞍馬街道は曲がっていたことが、この地図でよく判りますね。

 鞍馬街道と北山通りが交差する上の地図に立ってます。ここから今回は出発です。

京都市営地下鉄烏丸線の北山駅入り口も写ってますが、北山通りは有名な現代建築家のおしゃれなビルが並んだりして、バブル前頃は発展しそうでしたが、尻すぼみになってしまいました。

 北へ進むと、私の医局の先輩が開業した乳腺専門病院が見えてきますが、その先輩も開業後すぐに亡くなられ、今は看板も変わっていました。

 この向かいぐらいには、私の高校同級生の父が経営してたビリヤードが昔は有って、大学時代何度か撞いたことが有ります。

上手になりたかったですが、例のごとく尻すぼみに終わりました。

 左手の民家、もう暖簾もかかっていませんが,この寿司屋の知る人ぞ知るちらし寿司の旨さで、よく注文して取りに行っていましたが、あれから30~40年、もうあのおじさんも年とったか、店は閉めていました。

 この辺はまあ私の自宅からも近い生活圏でしたので、このフランス料理店も時々利用しました。

シャンソンを歌ってくれるような店でしたが、ちょっと変わりましたが、まだ続いているようです。

 そしての地点に到着、おどろおどろしい深泥池(ミドロガイケ)が見えてきました。

今は地図内に書いた青矢印の5叉路のような所にいます。

 今回は自宅近所の案内のようになってしまいましたが、ここからが本格的な鞍馬街道と言えるかもしれません。

左に行っても右に行っても鞍馬街道です。

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鞍馬街道10.

2024-01-08 | 京都へ、京都から

 前回途中からの続きですので、地図青線の短い間をまで進むだけです。

 京都府立京都学・歴彩館のすぐ北、西側に1995年完成の京都コンサートホールの立派な建物が有ります。

その頃、古くなった京都会館の音響設備の悪さは、京都の人の噂になっていたので、ここの音響は素晴らしく、演奏会をここで皆さん開きたかったようですが、音響に関しては私は全く分かりません。

 私たちが五島列島に行ってる間、大学生だった末娘はこのコンサートホールの食堂ピストロ・ラミューズでバイトをしていたので、私たちも時々食べるだけですがお世話になりました。

 ピストロ・ラミューズは2016年(平成28年)閉店してしまいましたが、寺町通りで100年ほど前(大正14年)に開業した京都洋食屋の老舗スター食堂の系列でした。

今もいろんな名前でスター食堂のチェーン店は有りますし、岡崎のルレ・オカザキ(料理長?は中学同級生)や寺町の市場小路は何度か行ったものです。

 70年以上前、四条大宮のスター食堂のショーウインドウの前で、何故か1歳上の姉が写真におさまっていましたので、この頃も実家はスター食堂を利用していたのでしょうね。

 上の地図でも左半分を占めている京都府立植物園も、コンサートホールや歴彩館の裏側に有ります。

大正13年(1924年)1月1日開園の、日本で最初の公立植物園ですが、戦後は連合国に接収されていて、昭和36年(1961年)4月に再開された時の記憶が、当時小学6年生だった私にも何となく残っています。

 この植物園でデートしたカップルは別れると、我々世代は言ってましたが、この植物園で私の友人がデートしてるのを、たまたま私の家内が目撃して興奮して報告してくれましたが、それから40年以上、成立した友人夫婦は今も仲良しです。

 2016年から閉鎖されてる京都資料館は、鞍馬街道が北山通りと交叉する地図に有りますが、この跡地利用については今も揉めているので、まだ廃墟のままです。

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