「大隠は市中に棲む」「ビル・カニンガム＆ニューヨーク」を見ていて、思い出した。
ここにもいるじゃないか、大いなる隠者が。
ビル・カニンガムは、ニューヨーク・タイムズのカメラマン。
80歳をとっくに超えたいまも、マンハッタンの街に自転車を漕ぎ出し、全身を眼に変えて、おしゃれで楽しそうな人々の姿を撮っている。
その姿は、ファッション・フォトグラファーというよりも人物写真家や戦争カメラマンに近い。
ただ隠者といっても、ビルは笑みを絶やさない。
自身をきびしく律しつつ、肩肘を張らず、面白いと思ったものを正直に撮りつづけている。
肝心なところ、ビルは自分の仕事が大好き。
仕事をつづけるため、仕事を妨げられないために極力、私生活をシンプルに削ぎ落とす。
彼はマンハッタンの真ん中で森の生活を営んでいる。
暮らしの印象は好ましい。
家賃の統制された狭いアパート（カーネギー・ホールの上階）に住み、事務用のキャビネットにはさまれて眠り（バスとトイレは共用）、食事もきわめて簡素。
仕事着は、パリの道路清掃係が制服にしている青い上っ張り。
無欲と呼ぶのがぴったりの生活。
が、貧乏臭さはこれっぽっちも感じられない。
ビルは楽しそうだし、見ているこちらも彼の幸福感を分かち合うことができる。
理由のひとつは、ニューヨークという街の寛容で闊達な空気にあるのかもしれない。
ビルも魅力的だが、画面から滲み出る街の空気と自転車の速度は、身体を温めてくれる。