ここには昔、とは言っても最近まで昭和50年代に建設された公団住宅、いわゆる「団地」が有ったのですが...
そちらの1階に広島風お好み焼きみたいな「まんぼ焼き」の「山本まんぼ」がありました。
今現在はご存命なのかどうかわからないですが、7,8年前に行ったのが最後で、夫婦で掛け合い漫才をするかのようなオッチャンとオバチャンが店を切り盛りされていました。
おばチャンのオッチャンへの毒の吐き方が面白くて、なかなか他にはない店で、ほぼ毎週ぐらい着ていた時期もあったのですが。
ちょうど最後に行った時に、僕と年齢が近い「息子」が後を継いでくれるとかで、見習いを始めていたのですが、あれから数年が過ぎ、もう息子が運営をしているのかと予想しています。
それが新しく移転をされて、きれいな店へと変貌していました。
昔に比べれば、すさまじくメニューが増えているようで、むかし取材を断るオバチャンのブッキラボウな「ウチはうどんかそばのマンボ焼きだけ」「食べに来てもらわな、わからん!」そんな強引さが懐かしい。
コロナが明ければ、オッチャンとオバチャンがどうされているのか、行ってみようと思う。
そちらの1階に広島風お好み焼きみたいな「まんぼ焼き」の「山本まんぼ」がありました。
今現在はご存命なのかどうかわからないですが、7,8年前に行ったのが最後で、夫婦で掛け合い漫才をするかのようなオッチャンとオバチャンが店を切り盛りされていました。
おばチャンのオッチャンへの毒の吐き方が面白くて、なかなか他にはない店で、ほぼ毎週ぐらい着ていた時期もあったのですが。
ちょうど最後に行った時に、僕と年齢が近い「息子」が後を継いでくれるとかで、見習いを始めていたのですが、あれから数年が過ぎ、もう息子が運営をしているのかと予想しています。
それが新しく移転をされて、きれいな店へと変貌していました。
昔に比べれば、すさまじくメニューが増えているようで、むかし取材を断るオバチャンのブッキラボウな「ウチはうどんかそばのマンボ焼きだけ」「食べに来てもらわな、わからん!」そんな強引さが懐かしい。
コロナが明ければ、オッチャンとオバチャンがどうされているのか、行ってみようと思う。