礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

甲午農民戦争(1894)当時の朝鮮の兵制

2014-09-24 05:07:42 | コラムと名言

◎甲午農民戦争(1894)当時の朝鮮の兵制

 二〇年以上前に、『内乱実記 朝鮮事件』(文真堂、一八九四)という冊子を入手したことがある。本文三〇ページ。筆者の名前はないが、奥付に「編輯発行兼印刷者 岡田庄兵衛」とあるので、この岡田が筆者ということも考えられる。
 ここで「朝鮮事件」というのは、今日、「甲午農民戦争」あるいは「東学党の乱」と呼ばれている事件で、これが日清戦争を誘発したことは、歴史の教科書の記す通り。この冊子は、この事件が起きた一八九四年(明治二七)の七月一三日に発行されている。
 紹介してみたいところは多いが、本日は、「朝鮮乃兵制」について、述べているところを紹介してみたい(一八~二〇ページ)。いわゆる変体仮名を、今日のひらがなに直し、句読点を適宜、補った。

○直 話
 (一)朝鮮乃兵制
東学党のために連戦連敗したる朝鮮の兵制に就て、某氏の談に拠れば、朝鮮国の常備兵と云ふは、京城〈ケイジョウ〉に屯営〈トンエイ〉するものにして、実際の兵員は四千人許り〈バカリ〉もあるべく、之〈コレ〉を四営に分ち、一営の員数は称して千五百乃至千六百と云へども、この兵士の手当として官より給与受くる時の目安に供する虚数にして、実際は一営に一千内外の兵士を見るのみ。故に内実の兵員と表向〈オモテムキ〉の総員との差に相当する兵士の手当丈け〈ダケ〉は、各営の上長官〈ジョウチョウカン〉に於て私消するか分配するか、何れにしても正当には支払はれざるなり。而して隊伍の編成は、十人を最下級の組となし、夫〈ソレ〉より二倍宛〈ズツ〉を増して、名を変へ隊を組み次第して一営をなし、一営に長たるものは、権威なかなか盛〈サカン〉なりと雖も〈イエドモ〉、兵に将たるの才幹・技倆は全くないと云〈イウ〉も可なり。故に平時に於ける兵士の調練等は、我〈ワガ〉日本にて云へば、曹長位の格式の人、専ら之を司り、米人デニー氏、之が師範役たる位にして、将校は常に袖手〈シュウシュ〉傍観し居れるのみなれば、号令の下し様〈クダシヨウ〉すら弁へ〈ワキマエ〉ざるものあり。此の弊や実に、階級の上る程、甚だしと云ふ。平時の有様、既に斯くの如くにして、士気更に振はざれば、是等の将校・兵士をして、能く敵と戦ひ能く敵を敗らん事、到底望み得べからず。況して〈マシテ〉是等兵士の師範役たる米人デニー氏は、曾て我神戸の税関に雇はれ居たりし人物にして、兵事には余り練達したりとも見えざれば、此の教〈オシエ〉を受くるもゝの手並は察すにに余りあるべし。然れども〈サレドモ〉、銃砲は四営とも米国製にして、製式亦同一なれば、此点稍々〈ヤヤ〉見るに足るべしと雖も、暴徒鎮撫の為めとして、既に京城を繰出せし三千内外の兵士中には、銃器・弾薬を敵に奪はれたるものも少なからざるべし。此の外、朝鮮の兵員を彼の地に渡りて彼の国人に問へば、至る処にて、此処にも彼処にも、幾千幾百の兵ありと、左も〈サモ〉誠らしく答ふれども、実際の兵員にもあらず。そは朝鮮に於ける往昔〈オウセキ〉の兵制は、屯田兵の組織に依り、頗る〈スコブル〉時宜に適中し居たりしものなるべく、藩あれば茲に〈ココニ〉土着の兵あり、随時徴集訓練して、万一の変に備へたれども、星移り、物変りて、折角の制度も次第に弛廃〈シハイ〉し、其極、戦陣の実役〈ジツエキ〉に稍や〈ヤヤ〉服し得べき兵士の実数す非常に少なく、武器亦之なきにも拘らず、泰平に慣れたるの余り、是等の実地を調査して実力を養ふの挙を企つる〈クワダツル〉ものなく、因襲の久しき、今尚之を改むる能はず〈アタワズ〉して、地に依り場所に従ひ、徒に〈イタズラニ〉何千の兵ありと呼称するに過ぎず。且つ、郡府県等、官衙〈カンガ〉の所在地には、兵器を蔵する庫〈クラ〉あれども、曾て之を開きたる事なく、その兵器は何れも錆切つて、僅に〈ワズカニ〉其形を存するのみ。某国の士官、同国漫遊の際、此の武器庫の一見を至る処に求めたれども、封印の侭、前任者より受継ぐの慣例にして、曾て開きたる事なければ、今更之を他国人に示し難しと、何れの管守人も之を謝絶したるよし。依て〈ヨッテ〉士官は、窓より窃に〈ヒソカニ〉内部を窺ひしに、物の用に立べき器具は殆んど目に止らざりしと云ふ。又、水営と称して、我邦〈ワガクニ〉の鎮守府〈チンジュフ〉と同性質の官署なきにあらざれども、軍艦らしきものすら一艘も之なき位なれば、営所と云ふも見るに足らざるなり。之を要するに、今日の朝鮮国には、洋式に依て訓練せし兵士四千有余あれども、京城に屯営中のものは、今は千数百に過ぎざるべしと云へり。

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