◎鵜崎巨石氏評『史疑 幻の家康論』(新装増補改訂版)
昨日に続き、本日も、鵜崎巨石氏による拙著への書評を紹介させていただきたい。紹介するのは、拙著『史疑 幻の家康論』(批評社)の新装増補改訂版に対する書評である。今月一三日の「鵜崎巨石のブログ」から、お許しを得て、転載させていただくものである。
なお、引用文中、〔 〕、〈 〉は、引用者(礫川)によるお節介であり、太字もまた礫川によるものである。
礫川全次著「史疑幻の家康論」
今日はまたまた礫川全次著「史疑幻の家康論」新装増補改訂版批評社刊。
この頃は、出来るだけ礫川氏の関係する本を読んでみたいと思っている。
本書は題名からして興味深い。
家康ニセモノ論はかなり「人民」にも広まっている。わたしの父親は商人で、読書の習慣はなかったが、わたしがローティーンの時に家康願人坊主〈ガンニンボウズ〉説を言っていた。ラジオやテレビで聞いたはずは無いから、その「出典」は、いまだに謎である。
願人坊主について、わたしがその正体を知ったのは、後のことだが、次郎長三国志から、法印大五郎(田中春男の役かな)あたりを想像したものだ。
果たして本書の表題上のテーマは、その家康願人坊主説を採り上げたものである。
著者の慫慂に従い、後半の「史疑」の概略紹介から読み始めたところ、そのまま読んでいくと、実は家康ニセモノ説の根拠の中に、貴賤交替論(下克上)が含まれており、それが本説の現れた明治期の為政者批判を隠喩しているとの種明かしを、読了前に知るところとなった。
キーワードはネジレ。前回採り上げた礫川氏著作「日本保守思想のアポリア」と共通する観念で、攘夷を「マニフェスト」として掲げた政権が、結局政敵のマニフェスト「開国」政策を進める。権力獲得後の自家撞着である。裏切られた者の恨みは深い。
だから本書において、願人坊主説の決定的な弱さは、それほど意味をなさないのである。願人坊主は落剥した宗教芸能者として、発生は早かったかもしれないが、やはり人口に膾炙するようになったのは歌舞伎で「まかしょ」が出てきた辺りからであり、すたすた坊主などのバリエーションが出る江戸中期以降であると思う。
家康は、願人坊主でも聖俗の間に立つ阿弥衆でも何でも良かったのだ。
わたしなどは「薩長の田舎侍風情が経営した蕪雑なる明治政府」「徳川の御盛時/御瓦解のみぎり」の口だから、史感(「観」ではない)上の問題はない。
そもそも大名などという者は、守護大名でもない限り、秀吉、小六〔蜂須賀小六〕を論う〈アゲツラウ〉までもなく、どこの馬の骨か判らぬとは、匹夫〈ヒップ〉でさえ知るところであった。
したがって読み始めは、テレビが我が家に来て以来、わたしが初めて楽しんだ長編時代劇阿木翁助〈アギ・オウスケ〉脚本「徳川家康」(調べてみたらNHKではなく当時のNETだった)を想定しつつ、それに出演していた市川右太衛門親子や村松英子(お大)、扇千景(築山殿)などを目に浮かべて読み進めたのだが。
また本書を冒頭に戻し、わたしは、本書の主題である、「下級武士」とも言いえぬ低い階層が維新の元勲となったことから生ずる種々の事件、言説を読む。よい読ませ方だ。
「日本保守思想のアポリア」の主役伊藤博文暗殺についても、孝明天皇を巡る謀略説などと安重根の申し立てなど、新しい話題を礫川氏は提供している。これもいずれ読むこととしようが、本書の陰の主題は山県有朋。わたしも山県について、いやな権力亡者としてのみ考えていたが、本書を読んですこぶる興味深い人物と識った。ともかく、天皇というものを草莽の志士たちが「秘鑰」(ヒヤク 難しい言葉を使いますなあ)として、玉(ギョク)と呼んで動いていたところなど、カードゲームのようだ。
内村鑑三の勝海舟観も興味深い。明治期が進むにつれ、勝の慶喜に対する「待遇表現」が歴然と変わっていったことには従来関心があったが。
著者も語るが、明治30年頃からはかなり言論が(覇気さえあれば)自由になったという。
そこで抹殺博士重野安繹〈シゲノ・ヤスツグ〉などが出てくる。この人のことも読んでみたい。
わたしは、読後に思うのだが、「日本保守思想のアポリア」でも出てきた「天皇機関説」である。この思想は近代立憲君主法制思想からすれば出るべくして出てくる憲法説であるとは思う。
しかし、本説も明治30年頃から生じた。この説とさきほどの「天皇・玉」思想とは、やや通ずるところがあると思うのだが、著者はこれについてすでに述べているのかも知れない。
いずれにせよ本書に満点を差し上げたい。
鵜崎巨石さんに、「満点」をいただいて、恐縮するばかりだが、この本は、いわゆる「若書き」であって、今、読み直してみると、力ばかり入って、ワキの甘さが目立つ。
さて、上記の書評においては、「本書において、願人坊主説の決定的な弱さは、それほど意味をなさない」という一行(太字)が、この評者のすごいところで、そう言っていただければ、書いたほうとしても、張り合いがあるというものです。
なお、『史疑 幻の家康論』には、同じく「新装増補改訂版」と銘うったものが二種類あって、ひとつは二〇〇〇年に、もうひとつは二〇〇七年に出ている(若干、内容が異なる)。鵜崎氏にお読みいただいたのが、どちらであったのかわからないが、たぶん、後者であったと思う。そもそも、この『史疑 幻の家康論』には、一九九四年の初版以来、多くのバージョンがあるのだが、これについては、機会を改めて。【この話、未完】
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