◎出来ばえは上乗とはいえない
必要があって、日本公法学会の機関誌『公法研究』の創刊号(有斐閣、一九四九年一一月)を閲覧した。興味深い事実を、数多く知ることができた。
本日は、同誌同号の巻頭にある「創刊のことば」を紹介してみたい。
創 刊 の こ と ば
公法学者の研究団体は、わが国において、すでに前から各大学などを中心として、数多く結成され、それぞれ貴重な成績をあげている。さらにすすんで、今回の公法学者によつて組織される学会を結成すべきだという意見も、しばしば公法学の先輩諸氏によつて主張されたのであつたが、残念なことには、いろいろな事情のために、ついに明治憲法の下では、その実現を見るにいたらなかつた。新憲法の成立とともに、文化国家としての祖国の再建を念願する同学の士によって、全国の公法学研究者を会員とする日本公法学会が設立されたことは、学界における多年の宿題を解決したものとして、わが公法学の将来のためによろこびにたえない。,
日本公法学会は、そのひとつの仕事として、「公法研究」の発刊を企画した。ここに世に送るのが、その第一号である。その出来ばえは、本会創立匆々〈ソウソウ〉のことでもあり、かならずしも上乗〈ジョウジョウ〉とはいえないかもしれないが、やがては、日本における公法の理論および実践の研究者にとつて、欠くことのできない文献にまで生長〔ママ〕して行くことを期している。会員諸氏はもとより、一般の公法研究者諸氏の好意ある御協力をおねがいしたい。
なお、日本公法学会の創立以来の活動については、本誌にのせられた記録を見ていただきたい。
昭和二十四年十月
日 本 公 法 学 会
理事長 宮 澤 俊 義
短く、また平易に書かれている。若干、注釈すると、「公法」とは、「憲法・行政法・国法学及びこれらに関連する諸部門」のことである(日本公法学会規約第三条)。また、「理事長」は、「本会を代表する」(同規約第十二条)役職である。同学会には、会長は置かれていないので、理事長がトップということになる。この時、理事長の宮澤俊義は、東京大学法学部教授。年齢は、満五〇歳だったはずである。