礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

移動演劇の中枢機関は日本移動演劇連盟

2016-11-24 01:48:40 | コラムと名言

◎移動演劇の中枢機関は日本移動演劇連盟

 政府広報誌(情報局編輯)である『週報』第308号(一九四二年九月二日)から、「戦時下娯楽と移動演劇」(署名なし)という文章を紹介している。本日は、その四回目。

移動文化の運動
 地方の文化とか娯楽とかの問題となれば、いはゆる民芸、民謡、郷土舞踊、素人【しろうと】演劇のやうな各種の文化や娯楽に関係を持つて来ますが、こゝでは特にこの移動文化の運動をとり上げてみたいと思ひます。
 ところで、一口に移動文化といつても、これには演劇、演芸あり、映画あり、音楽あり、また移動展のやうな展覧会などもありますが、現在のところ、移動演劇運動がその中で一番き組織立つてをりますので、次ぎに移動演劇を中心として説明しませう。
 移動文化運動を行ふには、先づこの移動文化を製作し、これを地方に配給するために、しつかりとした中枢機関が必要であります。なぜなら、若しもかうした機関がないと、地方に持込まれる移動文化の内容は、真に地方の実状に則して、地方の人々のためになる立派なものとはならないで、却つて弊害を蒔【ま】き散らすものとなり勝ちでありますし、また移動文化の配給も組織的にならず、不必要な場所にばかり持込まれて、ほんたうに必要な所へは、配給されないといふやうなことになるからであります。
 例へば移動演劇では、この指導的な中枢機関は日本移動演劇連盟であります。これは初め演劇興行会社が産業団体、例へば産業報国会、産業組合などと、個々別々に提携して移動演劇をやつてゐたものを、別々にやつては、効果も十分に発揮できませんし、また手続の上にもいろいろと不便が生じて来ますので、昨年〔一九四一〕の六月、情報局、大政翼賛会、東京日日新聞社等が斡旋して、移動演劇隊や演芸隊を持つてゐる凡て〈スベテ〉の興行会社と、これを利用する重要な産業団体とを打つて一丸として、これ等を構成員とする公共的な性格の中央機関を創つたのであります。以来、移動演芸隊の配給は勿論、その内容の指導、隊員の訓練等、一切のことが、この日本移動演劇連盟によつて一元的に処理されるやうになつたのであります。

移動文化国民隊
 かうした機関によつて、移動文化がどういふ経路を経て、各地方の産業戦士にまで持込まれるかと申しますと、この場合まづ第一に必要なのは、移動文化そのものゝ製作であります。
 移動映画、即ち巡回映写においては、特に移動用の映画は製作されてをりません。従つて国民製作会社の普通に作る映画の中から、地方に適当したものが選ばれるわけですが、移動演劇の方では、大都会の劇場で使用されてゐる脚本や舞台などでは、非常に手がこんでをり、また内容的にも地方に合はないものが多いので、これをそのまゝ地方に持つて行くわけに参りません。そこで大抵の場合は、農村、工場、鉱山等、それぞれの場合にふさはしい脚本を、移動演劇連盟から劇作家に依頼して、新らしく作り、また舞台装置も移動に便利で、田舎の国民学校の講堂のやうな、舞台の全然ない所でも使へるやうなものを新らしく考へるのであります。
 かうして脚本が出来ますと、劇団は演出家の指導のもとに、稽古に入り、また一方、衣裳や舞台装置の製作も着着と進行します。
 また、これは演劇の製作そのものではなく、むしろ演劇以前のことではありますが、移動演劇では、俳優の人間修養劇団の団体訓練を非常に重要視してをります。といふのは、移動演劇といふものは、国家的な使命を最も端的に担【にな】つてゐる演劇でありますから、これに従事してゐる劇団員達は、単に生活のため、営利のために芝居をやつてゐるのではありません。演劇報国の至誠に燃えてゐる一個の文化挺身隊であります。従つて、芸道の練磨もさることながら、先づ自分達の人間を修養し、団体行動を厳正にして、この点からしても、見物人によい感化を与へなければなりません。
 このために連盟では、大日本青少年団等の援助を得て、常に講習会や訓練会を開くと同時に、年二回位の劇団員全員の合宿練成を行つてをります。幸ひにこの効果は忽ち〈タチマチ〉現はれて、制服に身をかためた劇団員達の規律正しい行動や節度ある起居動作は、地方民から非常な好感を以て迎へられてをります。これまで俳優は、芸さへうまければ生活態度などはどうでもよいと世間も考へ、また俳優自身もそのやうに考へ勝ちでありましたが、芸術家は本来、立派な芸を立派な人格の上に築き上げるのでなければならぬのであります。
 この意味で移動演劇団は、わが国の全劇団に対して、新鮮な空気を注入しつゝあるのではないかと考へられます。【以下、次回】

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