◎外交自主権がない現状で、どう米国と商議するのか
一又正雄「阿波丸事件の解決について」(『判例時報』第二一巻第八号、一九四九年八月)を紹介している。本日は、その二回目。
岡崎勝男、佐藤尚武〈ナオタケ〉、西村栄一、岡田春夫、堀真琴、中野重治〈シゲハル〉といった、聞き覚えのある名前が出てくる。
二 第五国会における阿波丸事件
この阿波丸事件にもとづくわが国の請求権を放棄しようという決議案が、第五国会に提出されたのであるが、その提出から可決に至るまでの経過は次の通りである。
〔一九四九年〕四月七日の第五国会の衆議院および参議院の本会議に、本件決議案が日程に追加されて、委員会の審査を省略して上程された。衆議院は岡崎勝男、参議院は佐藤尚武の両外交委員会委員長が決議案の趣旨を説明したが、若干字句上の差異があるだけの両院の決議案は、「わが国は、連合国の同情ある理解により、今や戦争の荒廃から脱却して平和と自由及び民主主義の高遠な原則の具現とを目指して再建の歩を進めつつある」と冒頭し、次に「米国は、主たる占領国として占領政策の設定と実施に当って主導的な立場にあり、しかも、同国政府及び同国民がわが国の復興と再建のために与えられた多大の援助に対しては、わが国民は、深甚なる感謝の念を抱くものである」となし、そこで「この感謝の念を表現する一方法として次のことを政府に要請」している。
一、わが国は、昭和二十年四月一日発生した米国海軍艦艇による阿波丸撃沈事件に基くすベての請求権を、自発的に且つ無条件に放棄すること
二、政府は、速かに、連合国最高司令官のあっせんを得て、米国政府と商議を開始し、前記請求権の放棄を基礎として、本事件を円満に解决すること
三、政府は国内措置として、本事件の犠牲者を慰藉〈イシャ〉するための適当な手段を講ずること
四、政府は、本決議に基いて執った措置の結果を、速かに本院に報告すること
決議案趣旨説明者はいずれも「主たる占領国として米国が、我々を真の民主国家として立直らせるために、又飢餓及び疾病の防止、産業及び通商の回復その他総じて戦争によって荒廃したわが国経済の再建を助成するために、常に先頭に立って尽している」こと、わが国民の引揚のため米国船舶の貸与を受けたのみならず、その促進のためにも、わが国は米国から多大の好意的援助を受けている」こと、「占領費ならびに日本の降伏以来米国政府によってわが国に供与された借款及び信用は、日本が米国政府に対して負うている有効な債務ではあるが」、「米国国会が、米国民の犠牲において日本の救済及び復興のため、巨額の資金の支出を決定していることは」、わが国経済の再建復興のため有益であること、かかる米国の好意に対して、甚だ少額の阿波丸事件の賠償請求を、いつまでも固執することは、衡平の観念からも、米国国民の感情に対する考慮からも、当を得ていないこと、を強調した後、この際、請求権を放棄して、事件を円満に解決することは、すべての日本人の純粋なる感情を反映すると信ずるから、満場一致可決するように、と要望した。
提案者に対して質疑があったのは衆議院だけであったが(梨木〔作次郎〕議員)(一)外交自主権なき現状で、いかなる形式と立場で、米国政府と商議するのか、(二)本案の内容は講和会議の際に拠理すべき問題なのに、その前に早急にこれを処理しようとするのは何故か、(三)外交は内閣が処理すべきものであるが内閣は本問題についていかなる見解をもっているのか、といったような質問に対して(他の二点は国内関係のもの)、提案者はそれぞれ、(一)変態的情勢下では最高司令官のあっせんによる、(二)米国側の好意に対して具体的に感謝の意を表し、あわせて遺族に対する補償を早くする、(三)これは国会の意思として決定したいから内閣の意向を確かめていない、と答えた。
次に討論にはいると、衆議院では西村〔栄一〕議員(社会党)、今野〔武雄〕議員(共産党)、岡田〔春夫〕議員(労農党〔労働者農民党〕)より反対、今村〔忠助〕議員(民自党〔民主自由党〕)より賛成、また参議院では金子〔洋文〕議員(社会党)、堀〔真琴〕議員(無懇〔無所属懇談会〕)、中野〔重治〕議員(共産党)より反対の表明があった。賛成の今村議員は、阿波丸事件は、安導券もあり、一定の協定のもとに照明も標識もあったが、霧の深い夜に起ったのみならず、起った場所は、あらかじめ協定されている地域から八マイルそれていたこと、進航状態において三十四マイル進みすぎていたことならびに米国では責任者に対する処置が終っていること、を考えねばならない、と述べた。反対者の意見は、国内的な問題の面を除くと大同小異で、大体、米国の援助の大なるは認めるが(共産党の人たちはこれにふれず)、国際法上当然取り得るものを放棄することは、感謝と権利とを混同するものであり、国際法の上に世界平和を建設しようとする民主主義国家のむしろかえって採らないところであろうし、賠償として支払うべきは支払い、取るべきは取るという公正且つ毅然たる立場からすれば、誠に卑屈な態度であって、これは適当なやり方でもなく、また適当な時期でもない、というにある。ある議員は強者におもねる態度を攻擎する鋒先を転じて、ソ連の日本捕虜抑留を批難し、即時帰還を要求する権利があると述べた。結局起立採決の結果可決されたが、社会、共産、国協〔国民協同党〕、労農の諸党に属するものは反対であった。かくて吉田〔茂〕首相は採択された決議に副うよう努力すると発言し、一方対日理事長ウィリアム・シーボルト氏は「日本国民が米国に対する感謝の意を表明したことに私は深い感銘をうけた、国会が採択した決議は、日本国民が米国民からいかに非利己的な援助を与えられているかを認識していることを明かに立証している、また同決議ははなはだ不幸な事件を寛大な気持で解決したい誠実な希望の存在することを示している」との談話を同日発表した。【以下、次回】
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