礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

マ元帥の署名が天皇の認証に代わるものではない

2016-11-14 05:38:56 | コラムと名言

◎マ元帥の署名が天皇の認証に代わるものではない

 一又正雄「阿波丸事件の解決について」(『判例時報』第二一巻第八号、一九四九年八月)を紹介している。本日は、その五回目。

ロ 休戦後最初の条約としての締結経緯
 本協定は、休戦後最初の国際約定である。講和条約によって法律上の戦争を終了させるたて前からすれば、講和条約締結前の、即ち法律上の戦争状態の継続中の約定であり、さらに付言すれば休戦後その領土が全部占領された敗戦国たる一方交戦国と、この占領について、他の共同交戦国との関係において主導的立場にあるところの(兵力において絶対多数なるのみならず、連合国最高司令官を自国より出しているところの)戦勝国たる他方交戦国との間に、休戦後講和条約締結前に、締結された約定である。かかる事情の下に約定が締結される場合、条約理論上問題となる点は、これは戦争中の約定であって平時における約定でなく、従って敗戦国が(特に外交自主権なき現在)duress(強制)の下に締結せしめられたものではないか、ということである。しかし本協定の締結に際して、この点は慎重に考慮されたようであってあくまで平時約定の形式を採り、その交渉ならびに締結について一切の強制が加えられなかったことを明瞭ならしめようとしている。第一に、交渉に際しては連合軍最高司令部の枠外におき、マックアーサー最高司令官の指揮を受けることなく、従って、米国側の交渉当事者たるシーボルト氏は「日本関係米国政治顧問」(Acting United States Political Adviser for Japan)という国務省の官吏として行動した。そして同氏が兼任している連合国最高司令部外交部(Diplomatic Section)の部長、ならぴに対日理事会米国代表(最高司令官の代理として理事会議長に就任している)のいずれの肩書をも用いなかった。マックアーサー元帥はあっせんの労をとったのみで、交渉の内容に立入らなかった。しからば普通の平時約定と異るところはないのかというとこれは次の二点にあらわれている。第一は、前述のように日本は外交自主権がないから、米国と交渉する時は、最高司令官のあっせんによるほかはない。従ってマックアーサー元帥は仲介者(intermediary)としてあっせん(good offices)を行ったのである。しかし、このあっせんはルートを開くことだけを意味し、それ自身交渉の内容に立入ることとは別である。第二には、外交自主権が認められていない時期に締結された本協定の有効性が承認されなければならない。これはマックアーサー元帥による認証の形式がとられた。従って、本協定にも、了解事項にも、当事者の署名の後に、マックアーサー元帥が認証(Attest)して署名したことには、この承認の意味と前述のあっせん仲介の意味とが併せ含まれているのである。このマックアーサー元帥の署名が、憲法第七条の天皇による外交文書の認証に代わるものではない。
 次に、本協定は、休戦後、各国と結ばれた通商暫定協定(取引協定や決済協定)とは性質を異にする。後者はわが国を一方当事国とはするが、実際は連合国最高司令部が諸外国と約定しているので一種の代理行為なのである。従って交渉の当事者も協定の署名者も最高司令部の当局者である。これに対して本件協定は、交渉も外務省があたり、署名も吉田〔茂〕外務大臣が行ったものなのである。
 最後に、国内法の関係であるが、新憲法下における条約締結手続に関連して、若干の考察を行おう。本協定は憲法第七十三条の三にもとづいて、内閣が締結した条約かどうか、ということがまず考えられる。もしそうならば、「事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。」本協定は、国会の決議案によって内閣に、その締結を要請されたものであるから、この意味での「承認」があったことになるのか、吉田首相〔外務大臣兼任〕の協定成立の報告は、かかる国会の発議の場合、承認を要せずとの建前でなされたのか、或は、第七十三条の三にいう「条約」は、狭義の、即ち最も厳粛な手続で締結される条約のみを意味し、あたかも米国におけるtreaty〔条約〕とconvention〔協定〕の関係のように、それ以外の国際約定は、「外交関係の処理」(第七十三条の二)にはいり、従って「承認」を要せずというのか、明かでない。同様のことは憲法第七条の八の天皇の認証を要する条約がやはり狹義の条約で、その他の約定は「法律の定める」外交文書にはいるのか、ということにも関連がある。この場合、いかなる外交文書に認証が必要なのかについて、まだ法律ができていないと思う。かくの如く、憲法の改正の結果、天皇の条約大権はなくなって、その権限は内閣にうつり、かつては条約について何等の発言権のなかった国会が、この内閣の条約締結に対して承認を行う立場になった、旧憲法下における政府と枢密院の関係が、こんどは政府と国会との関係において、条約問題をめぐつてデリケートな情勢を生ずることになろう。本協定については、まだ占領下の特殊事情により、問題は生じないが、これは将来必然に起ることとして、今から、かかる条約締結手続を有する諸国の事例を研究して、能率的な処理のため万全を期すベきであろう。【以下、次回】

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