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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

弁護人のラザラスが感激して高松宮の手を握った

2018-09-10 04:28:31 | コラムと名言

◎弁護人のラザラスが感激して高松宮の手を握った

 花見達二著『大転秘録』(妙義出版株式会社、一九五七)から、インタビュー記録「スガモ絞首刑の真相」を紹介している。本日は、その八回目(最後)。前回、紹介した部分のあと、次のように続く。

  裏で苦労した高松宮
 三文字 火夫長の磯崎〔吉尾〕も「骨をとり出したのは自分だけだ。それ以外にない」といっている。その通りなのですから。
 花見 うむ。この話は問題ですね。
 三文字 そうだ。刑事問題でもある。
 花見 東京裁判について高松宮〔宣仁〕さまがいろいろ心配されたそうですネ。
 三文字 裁判の始まったあくる年〔一九四七〕の一月に弁護士団の慰労会をやることになった。廿四日だった。雨がふっていた。目黒に朝鮮から引揚げた人がある店をひらいていた。そこでやることになって高松宮さまに御臨席をおねがいした。高松宮さまは非常によろこばれて「自分がみなを招待すればいいのだが.皇室がやったといわれるとこまるから」というお言葉です。そこで「われわれがやるのですから御臨席だけねがいたい」と申上げると「それではすぐに行こう」とおっしゃって出てくだすった。みな感激してよろこんだ。アメリカの弁護人廿人が出席した。東条の弁護人のブルエットが、明治天皇の御製を認めた〈シタタメタ〉ものに殿下の署名をいただいて感激していた。板垣〔征四郎〕、松井〔石根〕の弁護人もまったく感激してしまって、わざわざ方年筆をとり出して殿下に献上したりした。
 花見 高松宮は立派な方ですネ。いつも国のことは心配されているようだ。終戦のときなんかもずいぶん苦労されて奔走きれた。お人柄がサッパリしておられるし弁護人たちも親しみぶかくおもったのだろう。
 三文字 午後一時から会をやって五時間も御り合った。殿下は英語もお達者だしお酒もたくさん呑まれて「鉄管ビールもくれ」などといわれて、みなを笑われせておられた。これですっかりみな仲よくなって、それが裁判にも影響した。そのあとで宮内省の鴨猟にアメリカの弁護人を招んで〈ヨンデ〉ご馳走したこともある。
 花見 審理が全部終ったのが〔一九四八年〕四月だ。それから十一月の判決までに七カ月もあった。ながかったですネ。審理がすんだあと、スガモへ帰る護送車のなかで東条がさくらの散るのをみて「あら尊と〈トウト〉音なく散りしさくらかな」と一句モノした。芭蕉の句にすこし似たのがあるけれど、まア自然でよく出来ている。しかも東条は死刑を十分覚悟していたでしょう。それがこの句にあらわれておるし、他の死刑者に対してもむろんこういう気持だったのでしょう。平生〈ヘイゼイ〉はひどく小心な東条も獄中へ入ってからはおこりもせず、へんに興奮もせず、まったく超越境にいたそうですね。よろこんで死におもむく――という心境だったらしい。獄中でトランプをおぽえたが、二、三日すると「面白くないじゃないか」といってやめたそうだ。
 三文字 戦後十年経ってアメリカが東京裁判を批評している。太平洋戦争を批判している。
 花見 高松宮さまの話ですが、なにかもっとあるでしょう。東京裁判にふれて――。
 三文字 判決の前です。もう審理がすんだのでアメリカ弁護人の慰労送別会をやることになった。牛込の黒木邸にみなあつまった。廿三年〔一九四八〕の四月十六日だった。五時に高松宮さまが来られるというのに、一時頃からもうみんなきて騷いでいる。五時に殿下がこられると、サットみんなが立って一番奥へ殿下をすわらせる。高松宮さまはみんなにいちいち握手された。するとラザラスという弁護人がいた。これはギリシャ系アメリカ人なんだが、感激して土下座状態で高松宮さまの手をにぎった。ローガン、カニンガム、ブルックスなどもみなきた。たしか十七人のアメリカ人がきたが、みなひどく喜んだ。そしてみんなで写真をうつしたり、ダンスをやった。
 花見 東京裁判の本質はもうアメリカのほうがよく知っている。だが、弁護人の立場としてどうおもいますか。
 三文字 あの裁判は政治裁判なのだ。法律裁判ではない。戦争を仕かけたのはアメリカか、日本かも問題だが、戦争裁判というものが十年後の今日になってアメリカでも批判されている。
 花見 つぎの戦争防止ということがひとつの目的だったが、そういうことになりますか。
 三文字 太平洋戦争は自衛戦争だ。だから多くの人が不正な裁判で死刑になっているというのだ。遺骨は守らねばならん。東洋人の道徳だから。
 花見 それはみなそう感ずるでしょう。

 文中、「鉄管ビール」 という死語が出てくる。「水」を意味する俗語である。高松宮が、「鉄管ビールもくれ」と言って皆を笑わせたとあるが、参加者には、皇族がそんな俗語を使うことが意外だったのであろう。

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