◎兵役に関しては有産階級に特権が付与されている
松下芳男の『軍政改革論』(「民衆政治講座」第二二巻、青雲閣書房、一九二八年一〇月)から、その第五章「兵役法の改正」を紹介している。
本日は、その三回目で、同章の第三節を紹介する。
第三節 兵役法改正の主眼
以上、述べ来つたところに依つて、我々は兵役服務の絶大なる苦痛であることをし知つた。然るに、軍事当局が此苦痛に同情して、之れを軽減慰藉するの策を構ぜざるは、私々の大【おほい】に遺憾とするところである。殊にその名誉と称する口の下から国家の犯罪者に名誉ある服役の優先権を与へてゐるのはどうしたものであらうか。即ち兵役法第四十九条七、八に拠れば、兵役を免るる為に逃亡し、若くは潜匿し又は身体を毀損し、若くは疾病【しつぺい】を作為したる者にて、後日徴兵検査を為し合格したる時は抽籤法に依らずして、之れを徴集すと規定してゐるからである。是れ当局が服役を暗々裡に苦痛と是認し、それを忌避したものを第一に苦しめてやれといふ意味にとれないでもない。
又単に抽籤の一事に依つて、その生涯に甚大の差違を生ぜしめ、一は十七年四ケ月の間その生命の危険と無限の苦痛とに堪へてゐるといふのに、一は全くその負担を免【まぬか】れしめてゐるといふことは、国民の義務を一種の運不運に投機化せしむるものであるといはざるを得ない。是れ果して兵役に対する適切な政策であらうか。
又加之【しかのみならず】、有産階級出身者たる学校卒業者のみに特権を附与して、その在営を短縮せしめるのみならず、その前途に将校になるといふ光明を与へながら、一方一般兵卒には二年の在営を要求しつつ、その前途僅かに上等兵乃至は下士適任證書を以て限度とするは、その修得能力の差に基づくと解すれば、一応の理由もあるが、此二者の優劣は後にも述べるが、決して画然と区別されるものではない。前途の光明を出身の如何に依つて差違あらしめるは、至当の制度ではない。
茲【こゝ】に於いてか私は、兵役法及びそれに附随する諸法規は左の条件を主眼とせねばならぬと主張するのである。
一、兵役服務に於いては国民の何人【なにびと】たるを問はず、之れに特権を附与してはならぬ。
二、兵役服務者にはその苦痛に充分報ゆる政策を採らねばならぬ。
三、徴兵令には社会政策的意味を徹底せしめねばならぬ。
四、兵役の義務を国民全般が負ふの意味に於いて、非服役者の兵役税を制定すべきである。
我々はさらに進んで、兵役法改正の私案を述べたいと思ふ。
兵役忌避者を優先的に兵役に就かせていることは、兵役を「苦痛」と認めていることになるという論理は鋭い。兵役に関しては、有産階級に「特権」が付与されているという指摘や、「兵役税」制定の提案も、注目に値する。
松下芳男(一八九二~一九八三)が、軍事史家であることは知っていたが、昭和初年に、こういうことを言っていることは知らなかった。