礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

海野十三、「放送された遺言状」(1927)で地球の崩壊を描く

2020-01-10 00:27:29 | コラムと名言

◎海野十三、「放送された遺言状」(1927)で地球の崩壊を描く

 雑誌『光』創刊号(一九四五年一〇月)から、海野十三「原子爆弾と地球防衛」を紹介している。本日は、その三回目。

    
 原子核を破壊すると、非常に夥【おびたゞ】しいエネルギーが放出されることは、今度の原子爆弾によつてはつきり体験されたことであるが、例へばリシユウムといふ元素について計算してみると、今リシユウム一グラムを採り、この原子核を悉く破壊したとき放出されるエネルギーは、少くとも一億キロワツトを百万時間働かせる仕事に相当する。これを馬力でいひあらはすと、百五十万馬力の一億倍となる。
 今度出現した原子爆弾は、その最少量を以てしても、実に約二万トンの火薬に相当するエネルギーを放出すると伝へられる。又高性能爆薬として知られるTNTの二万トンに相当し、英国最大の四トン爆弾グランド・スラムの二千発にも相当するといはれる。
 広島長崎に於て使用された原子爆弾が原子爆弾として初期の製品たることを注意すべきである。今後ますます高性能の大偉力の原子爆弾が出現するであらうことは、航空機その他の発達の跡に徴しても容易に類推することができよう。
 原子爆弾の構造は公表されてゐないし、又如何なる現象を如何に利用してゐるかも詳か〈ツマビラカ〉でない。しかし、それがウラニウム内乃重水の原子核の被壊によるものなることは最早常識となつてゐる。又、原子核の破壊は、中性子をその原子核にぶつけることによつて達成する点も亦常識である。
 それ以外のことで、従来未解決の問題として数へられてゐたものを二三述べてみると、まづ信管問題だ。原子爆弾をいよいよ爆発させるとなつたときに、中性子を如何にして発生させ、内至はそれを思ふ速度で思ふ方向へ集中させ、比較的破壊しやすいウラニウム二三五を破壊するか。しかもこの破壊が途中で停るやうなことなく、有効な大爆発となるまで連続的破壊を継続させられるかといふことであつた。
 この解決は壊れやすいベリリウムにラジウムを混合することによつて、ラジウムから発するアルフア粒子はベリリウムの原子核を破壊し、よつて中性子を生ずるといふやり方で足り、あの大きなサイクロトロンなどを使はず、容易に達成できることが分つた。またウラニウム二三五の全部を破壊させることは、この材料の大きな塊を使用すれ.ば自動的にすばらしい連鎖反応を起して確実に爆発的全破壊をやり遂げるごとが分つた。この二つが、とめ分け重大なることである。
 更に問題は、ウラニウムには二三五と二三八の同位素があつて、二三八は極めて多く、二三五は極めて少く、しかも爆弾に必要なのは二三五の方であるが、これを如何にして摘出するかの問題であつた。これは巧みなる電磁気学的方法と、非常に目のこまかい濾過器をこしらへ、それを利用することで、相当能率のよい分離に成功した。
 もう一つの問題は、少量の中性子が近寄つても容易に破壊し、忽ちものすごい連鎖反応を起して爆発するところのウラニウム原子塊を、普通のときは如何にして中性子から護るかといふことであつた。つまり信管とウラニウム原子塊との中性子的絶縁の問題であり、又かたがたどこにふらふら飛んでゐる中性子があるかもしれず、さういふ迷游中性子などから確実に護る方法だつた。これには石墨の如きものが効果あると伝へられてゐる。
 以上の外に、直接原子爆弾そのものには関係はないが、しかし最も戦慄すべき問題がここに一つある。かつて私は、科学小説「放送された遺言状」(昭和二年)を書いたが、原子爆弾の研究中かうした恐るべき連鎖反応が停るところを知らず遂に地球の崩壊を招いたといふ筋であつた。アメリカに於ける原子爆弾の研究者は、予め〈アラカジメ〉さういふ戦慄すべき危険状態についても考慮し、さういふときにはカドミウム片を挿入すると連鎖反応を阻止し得ることを知つてゐた。そして試験期に於て、恐るべき大爆発の直前にカドミウムでそれを見事に阻止したことも記録されてゐる。
 しかしこの問題は、将来にも遺されてゐる。カドミウムで連鎖反応を阻止し得ないやうな手に負へない爆発が起らぬとも限らない。又どこでやり損ねてカドミウム等が間に合はないことがないともいへない。私がかつて書いた小説のやうなことが将来絶対に起らないとはいへないのだ。神を恐れなけばならない。そして真理は悉く探究され、且つ常に十分信頼すべき安全装置が用意されなければならないと思ふ。【以下、次回】

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